快楽の街、その181~華やかな街の裏で①~
「ジェイク、どこへ?」
「ちょっと探し物」
「では私も共に」
楓の申し出をジェイクはやんわりと断ったが、任務だからと押し切られた。強引に断れば、今度は尾行してくるだけだろう。ジェイクは諦めて楓の同行を認めた。
街に出たジェイクは勘の赴くまま歩き始めるが、楓は何も言わずついてきた。こういう時は楓の無口さがありがたいと思う。ジェイク自身何を考えるわけでなく外に出たからだ。あれこれ質問されても答えようがないし、気が散るだけだった。
そうこうするうち、ジェイクは貧民層が暮らす場所へと足を踏み入れた。夕暮れであるにもかかわらずほとんど灯りはなく、薄暗い一画だ。人気がないならそれでよいが、人の気配だけはそこかしこに多数ある。それらは息を潜めた獣のように、じっとジェイクたちを伺っているのがわかった。
ジェイクは知らない、ここがバンドラスの率いる盗賊団の本拠地であると。レイヤーが昼時に足を踏み入れた場所なのだった。
「ジェイク、ここは?」
「知らない。だけどあまり良い雰囲気じゃないね。歓迎はされていないみたいだ」
ジェイクが足を踏み入れると、気配がすっと引いた。そして前から現れる浮浪児たち。彼らがジェイクの足を止めると、先頭の少年が声をかけてきた。年はジェイクよりも上だろう。あどけなさはわずかに残るが、ほぼ大人と言っても差し支えのない年齢に見えた。
「その恰好、ガキのくせに騎士サマだな? こんなうらぶれた場所に何の用だ」
「別に用ってほどのこともない、ただ散歩をしていたら通りかかっただけだ。そこを通してもらおうか」
「ここから先は行き止まりだ。引き返すことをお勧めするぜ」
「でなきゃ、人生が行き止まりになるかもよ?」
「余計なことを言うな」
隣にいた少年が恰好をつけながら脅迫めいたことを言ったので、先頭の少年が咎めていた。ジェイクは黙ってそのやりとりを聞いていたが、影からその背中に向けて手が伸びると、ジェイクは後ろ手のままその手を捻りあげた。
「痛い! 放せ!」
「・・・腰の袋を狙ったのか。油断も隙も無いな」
「お前たち、余計な真似をするな! このガキは神殿騎士団だ。関わるとロクなことにならない。ここは俺が預かる、退け!」
少年の言葉に、周囲の気配と目の前にいた浮浪児が一斉に消えた。どうやら少年はそれなりに信頼ある立場らしい。あらためて少年はジェイクに向き合った。
「非礼を詫びる、騎士サマ。だが本当にここには何もないんだ。俺たちには俺たちの規律があり、それはどこの連中とも混じり合わない。ターラムからも半ば捨てられた場所なんだ。そっとしておいてくれないか」
「俺も本当に散歩をしていて通りかかっただけだ、別にここの生活を荒らすつもりは一切ない。だが、お前の言葉には嘘があるな。何もないってことはないんじゃないのか」
その言葉には刃のような鋭さがあった。自分よりも頭一つ小さいジェイクが放った言葉の強さに、少年は思わず気圧されていた。
「何かあったとして、どうする?」
「別に。ただ妙な胸騒ぎがする。このターラムがオークの大軍に囲まれていることは知っているな?」
「ああ、知っている。それがどうした?」
「どちらにしろオークが攻め寄せたらこの街は終わりだ。この街に奴らを防ぐだけの防壁も戦力もない。やり方次第で生き延びることは可能でも、大勢が死ぬだろう。街も火の海になるはずだ。そんな中で、こんな場所に引きこもっていても意味がない。それなら、俺を案内しても罰はあたらないだろう?」
ジェイクの言葉には奇妙な説得力があった。なぜそうまでしてこの場所を見たがるのかわからなかったが、少年はジェイクを通すことにした。もし断っても、どうにかしてこの少年はこの場所に入り込むと思ったからだ。それなら自分が案内して、まずそうな場所を避けた方がいい。
少年はジェイクを通したが、不思議なことに案内されるままにジェイクはおとなしくついてきた。少年は訝しがりながらもジェイクを案内したが、そのうちに徐々に緊張も解けてきた。彼らが通っているのは、この場所の居住区だった。前から来る人と交差する時には、互いに姿勢を譲らないといけないほど狭い。それに建物を縦に増築し、さらに踏み板などで繋げているから、空もろくに見えはしない。下水の整備もきっとロクにされていないだろう。異臭がただよい、そこかしこには明らかに病気だと思われる浮浪児が身を寄せ合って震えていた。
続く
次回投稿は11/7(月)8:00です。