快楽の街、その178~報復㉘~
「ふんっ、こんな三流の暗殺者で私がやれるとは思わないことです。さっさと姿を現したらどうです?」
もちろん誰も現れることはないが、その言葉に応えるようにしてダートの四方八方からナイフが飛んできた。常人にはさばき切ることなど不可能な量。なのにダートは全方位から飛んでくるナイフを全て魔術で叩き落としていた。
その一連の流れを見ていた三番は確信する。
「あいつ、守備特化の魔術士か。自律防御の魔術と、任意で発動する魔術と両方組み合わせているな。基本は土の魔術だが、投擲武器を自動的に叩き落とすとなると厄介だな。もちろん認識されれば強力な防御魔術もある。さて、いかにしてあの牙城を突き崩すか」
単純に考えれば魔力切れを起こすほどの物量で攻めるのがよいだろうが、それほどの準備はない。自律防御の魔術となれば反撃にパターンがあるから攻略法もあるだろうが、見つけられるかどうかはわからない。三番は、それほど多くの魔術士と戦った経験はない。相手の能力がわかったところで次の一手を考えていると、その場に三番の意図しない人物が現れたのだ。
三番が驚き思わず声を上げそうになるが、当然ダートもいち早く気付いていた。
「おや、君は昨日の少年。性懲りもなくまた来たのですか? まさかと思いますが、この仕掛けもあなたが?」
「・・・」
ダートと三番が戦うその場に、レイヤーは正面から堂々と乗り込んでみせた。レイヤーはダートの問いかけに応えることなく、ずらりと剣を抜き放っていた。
***
その少し前。レイヤーはバンドラスの呼びかけに応じ、街の使われていない建物に来ていた。案内人がレイヤーを中に案内すると、その場にいたバンドラスは部下全員を下がらせ、レイヤーと二人きりになった。驚くことに、バンドラスの部下はその全てが少年少女であった。
レイヤーは複雑な心境でその光景を見守ったが、二人きりになると頭を切り替えて問いかけた。その声にある棘を隠そうともしない。
「何の用?」
「お主に協力しようと思ってな。まだ魔術士のダートが残っておる。倒すのじゃろう?」
「もちろんだ」
「ならば協力してやろう。奴の能力と弱点を教えてやろう」
その言葉にレイヤーが剣に手をかける。声には怒りが含まれていた。
「何を企んでる? アナーセスとの戦いのときに、あの少女を送り込んだのはお前だろ? おかげで死にかけた。お前は何を考え、何をしたいんだ?」
「恨みに思うのは当然だろうな。まさか儂もお主があそこまでアナーセスを追い込むとは思わんでな。あまりに一方的になったためこのままではお主の特性が確認できないと思ったのだ。ゆえに、少々手心を加えさせてもらった。
それにアナーセスとダートを始末したいのは雇い主の意向だが、奴らを仲間に引き入れたのは、そもそも儂でのぅ。愛着と責任があるのは事実じゃ。その狭間で揺れ動く儂、というところか。
そして今はそれ以上に、お前の戦いと能力の発動が見たい。先の戦いで見せたその力。お主自身も戸惑っているはずじゃ。力の使い方はわかるが、その得体がしれない。そんなところじゃろう?」
バンドラスの言葉に嘘は感じられなかったし、レイヤーの心情を正確に言い当てていた。剣を握る手から、少し力が抜ける。
「お前ならその疑問に答えられるとでも言うつもりか?」
「決めるのはもちろんお主自身よ。ただその答えは戦いの中でしか得られないだろう。それも、お主を殺すくらい強力な相手との戦いでしかな。アナーセスよりも、ダートの方がよほど強い。ダートとの戦いでなら、何か得られるやもしれんな」
「なぜ弱点を教える?」
「そうでなくては戦いにすらならんからだ。あれの弱点を知っているのは儂くらいじゃろうし、同じ魔術士ならともかくただの剣士では絶対にあれには勝てん。いや、魔術士だとしてもあれを殺せるのは魔術協会でもかなり限られよう。ダートとお主の相性は最悪だ。助言をしても戦えるかどうかは不明だがな」
「・・・いいだろう、聞くだけ聞いてやるさ。どうするかは僕次第だ」
「もちろんその通りだ。奴の異名は『魔術士』となっているが、仲間内からはこう呼ばれる。『罠使い』のダートと。その能力は――」
バンドラスがダートの能力を説明した。その言葉を神妙に聞くレイヤー。表情は戦いが既に始まったかのように、真剣そのものだ。
続く
次回投稿は、11/1(火)9:00です。