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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その176~報復㉖~

***


「・・・ヤー・・・レイヤー」

「う・・・く」

「レイヤー!」


 レイヤーが目を覚ますと、そこには見たこともない美しい女性がレイヤーの顔を心配そうにのぞき込んでいた。レイヤーは誰だろうという疑問を抱き、直後にそれが幻夢の実を食べたイルマタルだと思い出した。悪霊の館での戦いで幻夢の実を食べたイルマタルが元に戻るまで一時的に彼女を匿っていたのを思い出す。少年だけでは怪しまれるため、レトーアの力を借りてユーティに見張らせていた。どうやらそこに運び込まれたらしい。

 部屋の端には仏頂面をしたインパルスと、心配そうに自分の顔を覗き込むイルマタルとユーティ。それ以外に人は見当たらず、シェンペェスも無事に回収されていた。

 レイヤーは記憶をたどり、死にかけた記憶と、おぼろげにアナーセスを倒した手ごたえを思い出す。倒したのは間違いない、人を殺めた手ごたえを忘れたことは一度もないのだから。だがどうしてそんなことができたのかが、どうしても思い出せない。あの時点で努力でどうにかなる範囲を超えた相手だったはず。それに致命傷だったはずの傷もない。あるのは強い倦怠感だけだが、それも少しすれば回復する兆しがある。

 レイヤーはユーティに問いかけた。


「ユーティが治してくれたの?」

「あ、あたぼうよ! この空飛ぶ万能薬と呼ばれたユーティ様に治せない傷なんてなくってよ。オーホホホ!」

「口調がおかしくなってるよ」


 無理な高笑いをするユーティにレイヤーは苦笑すると、イルマタルをちらりと見た。


「中々戻らないね?」

「でも少し縮んだから、もうすぐ元に戻ると思うよ。そうなったら、一度ママのところに戻るね」

「その方がいいよ、どうも街の外の気配が変だ。妙に殺気立っているし、ひょっとしたら今夜戦いがあるかもしれない。イェーガーがどういう動きにでるのかわからないから、仮に怒られたとしても、団長の傍にいるのが最も安全だよ。

 ところで今何点鐘が鳴った?」

「正午を告げる鐘から二つ目がさっき鳴った。そろそろ陽が傾くだろうね」

「それだけ寝てたってことか。できれば軽く何か食べておきたいんだけど、用立てられる?」

「下の食堂で簡単な物なら出してくれるはずさ。さっき頼んでおいたから」

「ん、ありがとう」


 レイヤーはそれだけ告げると、さっさと身支度を整えて部屋を出ていこうとする。インパルスが見かねて声をかけた。


「何も聞かないのか?」

「聞いても答えてくれないでしょう? それにはっきりしていることは、もう一人倒すべき存在がいるってことだ。日が暮れるまで時間がない。今から行動に移さないとね」

「・・・伝言を預かっている。浮浪児の格好をした子供からだ。『頭領が昨日の場所で待っています』だと」

「・・・わかった」


 レイヤーが意味深な間で答えて出ていった後で、インパルスは難しい顔で考え込んでいた。そこにユーティが話しかける。


「ねぇインパルス。レイヤーって何者なの? 私だからわかるけど、彼の手足、一度ちぎれかけてからくっついてる。魔術もなしにそんなこと、ありえないわよ」

「ボクもそう思うよ。だけど人間には説明できない力を持つ者が存在するし、彼もそうなのかもしれない。わかっているのは、彼はボクたちの敵ではないってことさ。それにああ見えてとても頑固だから、一度決めたことは何があってもやり遂げてしまうだろう。敵じゃなくてよかったと思うよ」

「・・・似てる」

「え?」

「レイヤー、どこかママに似てるよ。上手く説明できないけど、魔術も使えないけど、彼はきっと初めからママと出会うべくして生まれた。そんな気がするよ」


 イルマタルの口からそんな言葉が出てきたが、イルマタル自身も上手く説明ができない出来事であった。どうして似ていると思ったのか。それすらもイルマタルには説明できないが、時々近寄りがたいと感じる後姿が確かに似ていると思ったのである。


***


「・・・ちっ、アナーセスの馬鹿め。どこに行ったのやら」


 ダートはターラムの一画を歩きながら毒づいた。ダートは一人でもやられるとは思っていなかったが、膠着状態に陥った時のことを考えてアナーセスと合流するつもりでいた。そして何より、アナーセスを殺させるわけにはいかなかった。別にアナーセスを慮ってのことではない。ゼムスの一行が殺される。その事実に問題があるのだ。

 ダートは合理的など自負している。自分が歪んでいることもわかっているし、世の倫理に照らし合わせれば罰せられることは確実であることも知っている。なのに罰せられないのは、ゼムスの威光があるからということもわかっている。

 ダートは元々人を殺めることが日課のような男であった。魔術士の家系に生まれた彼は様々な学問に触れる機会が多く、『学ぶ』という意欲に関しては兄妹の中でもとりわけ強い少年だった。家系の専門は回復魔術、属性は土や金が主たるもの。回復魔術と言われれば癒しというのが一般的な印象で、多くはアルネリアのシスターたちを思い浮かべるのだが、魔術士の家系においては少し意味が違う。

 彼らはアルネリアが回復魔術を普及させようとしないため、より効率的な回復魔術と汎用性をもつ魔術を研究していた。そのための研究や実践として、様々な生き物を殺めることも多い。事実彼の家系では近隣の都市から死刑囚の解体を任されることがあった。ダートがその現場に付き添ったのはまだ10歳の時。別段早くも遅くもなかったが、生きたまま解体される人間の苦悶の表情や悲鳴で気絶したり逃げ出す者も多い中、ただ目を爛々と光らせて食い入るようにその光景を見ていたことを覚えている。

 魔術士の家系でなければそれは異常な光景として警戒されただろう。だがダートは研究熱心で将来有望な魔術士として、一族の中で肯定されていった。やがて魔術の研究から解体そのものが目的となり、そして死刑囚では彼の欲望をまかないきれなくなるまで、3年とかからなかった。そしてダートの一族が魔術協会から破門され征伐対象となった時、ダートはためらわず一族全員の命と研究成果を魔術協会に差し出し、自らの身の安全を図った。

 ダートは自由となった後も殺人を繰り返したため、ほどなくしてギルドからも怪しまれて調査されることになる。そんな彼が考えたことが、ゼムスの仲間として認められることでギルドの追及を逃れる方法だった。果たして目論見は成功し、彼は勇者の仲間であるという盲目的な信頼と名声を得ることに成功するのだが、一つだけ誤算があるとすれば、ゼムスが想像以上に強すぎたことか。そして考えが読みきれないゼムスを気にして、普段のダートはかなり自分を抑制している。ゆえに、こういった場所での息抜きは欠かせなかった。

 それを、邪魔された。睡眠や食事を邪魔されれば、穏やかな獣でも怒る。気分よくターラムを去るつもりでいたのに、邪魔をした連中がいる。ダートの苛立ちは頂点に達し、その原因が自分にあることは記憶の彼方に飛んでいた。


「アナーセスの馬鹿がっ・・・もう陽が傾くぞ。どこで油を売っている、あの性獣め」


 ダートが苛立ちながら道端に転がる酒瓶を蹴飛ばすのを、やや離れた場所からエネーマが呆れた表情で眺めていた。



続く

次回投稿は10/28(金)9:00です。

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