快楽の街、その175~報復㉕~
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ファンデーヌとゲルゲダは高台から火災の様子を観察していた。最初は戦いの結末を見届けるのかと思ったが、豪炎と煙でゲルゲダは何も見えなかった。だが傍にいるファンデーヌは、突如として涼しい表情が曇り、そして猛獣のように醜く歪んでいた。ゲルゲダが初めて見る、ファンデーヌの笑顔以外の表情だった。
いや、ファンデーヌに限ったことではない。ゲルゲダは、人間のここまで怒りに満ちた表情を見たことがなかった。親の目の前で子どもを殺しても、ここまでにはならない。あまりの形相に、ゲルゲダですら声がかけられずただ固唾をのんで見守っていた。
「・・・なんてしぶとい小僧・・・さすが私たちを恐怖させただけのことはある」
ファンデーヌがつぶやいたのは意図したものではなかったのか。ゲルゲダにその言葉の真意を問いかけるのは憚かられた。今ファンデーヌの機嫌を損ねると、高い確率で死ぬと考えたからだ。
ファンデーヌはしばし炎を眺めた後、踵を鳴らしてその場を去った。ゲルゲダは、何も問いかけることなくその後を追う。ゲルゲダは薄々と感づいていた。この女はアナーセスを仕留めたかったのではない。アナーセスを囮に、レイヤーを呼び寄せたのだ。どうやったかはわからない。だが人除けの結界も、アナーセスを嬲る様な戦いも、全ては狂戦士と変貌したアナーセスをレイヤーにぶつけるため。
どうしてそんなことをしたのかはわからないが、とても人間のものとは思えない怒りをファンデーヌはレイヤーにぶつけていた。ゲルゲダはレイヤーに同情しながら、黒煙を背にしていたのである。
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「アナーセスが仕留められたぞ」
「なんですって?」
バンドラスは三番と連絡を取り合っていた。ファンデーヌも集合するように伝えたのだが、どうしたことか姿を現さない。元々信頼関係があるわけではなし、相手を考えれば手を引いてもおかしくない相手ではある。バンドラスと三番はファンデーヌの存在はいったん忘れ、定期連絡を交わしていた。
「アナーセスを仕留めたのは誰です?」
「・・・レイヤーという少年だ。それは間違いない」
「あの少年が? にわかには信じられませんが、それを差し引いてもやけに渋い表情ですね。何があったのですか?」
「どうしてアナーセスを仕留められたのかがわからん。少年に多少の手ほどきはした。だがそれでなんとかなるような相手ではなかったはずだ。突如として戦闘中に化けた。あれは何だったのか」
バンドラスが口ごもったので、それ以上の追及を三番はしなかった。三番にとって、レイヤーのことはさほど重要な話題ではなかったからだ。重要なのはアナーセスが死んで標的が一人減ったことと、いかにしてもう一人のダートを仕留めるか。その一点のみである。
「では聞きますが、次のダートを倒すためにそのレイヤーは使えるのですか?」
「・・・さて、今は休んでいるからな。気づいてみなければわからんが、囮としては使えるじゃろう。ダートは奴にとって、私怨も混じる相手であろうからな」
「そうですか。せいぜい気を引いてくれればよいのですが。何せ次の相手、ダートは厄介だ。私の想像が正しければ変身能力は役に立たないし、アナーセスよりもずっと仕留めにくい相手だ。協力がなければ、とてもではないけどやれたものではないわ」
「ああ、世にも稀な力の使い手だからな。どうやれば倒せるのか、私が聞いてみたいものだよ」
バンドラスは困ったような顔をしていたが、その内心では好奇心に満ちていた。レイヤーをダートにぶつけたらどのような戦いが起きるのか。レイヤーがその真価を発揮するのか、ダートがその死体を晒すのか。どう転んでも楽しくなりそうだと考えたのだ。
続く
次回投稿は、10/26(水)9:00です。