死を呼ぶ名前、その6~集団戦~
戦いが始まるやいなや、エアリアルが手持ちの手裏剣を投げ一画を崩す。その一角にアルフィリースが飛び込み、一気にゴブリンを蹴散らした。フェンナに接近戦は向かないし、リサも不意をつけない戦いは向いてない。カザスに至っては非戦闘員であるため、戦闘ではまず彼らを後衛に下げる作業が優先される。その役を主にアルフィリースが引き受けるのは、予め旅の中で打ち合わせたことである。
と、同時にニアとミランダがコンビを組んで敵に斬り込む。ニアは相手が人型サイズのゴブリンならともかく、オーク以上の巨体だとどうしても決定打に欠ける。ミランダは逆に一撃が大き過ぎ、正面きっての戦いならともかく、四方を囲まれた状態では隙を突かれやすい。そのため、ニアが崩してミランダがとどめを刺す、というパターンでの戦いが最も効率が良いと彼女達は考えていた。
「ニア、ミランダ、オークと大きい鎧は任せるぞ。私はあの小さめの鎧を引き受けた!」
「「了解!」」
言うが早いか、ニアが疾風のようにオーク達の間を駆け抜け、的確に膝や顔面に一撃を喰らわせバランスを崩す。そしてめぼしい相手にミランダが次々と止めを刺していく。
エアリアルは立ちはだかるゴブリンを一瞬で片づけると、ヘカトンケイル4体を一手に引き受ける。ヘカトンケイルも決して俊敏ではないが、全身に硬い鎧を着込み、その膂力はエアリアルをゆうに凌ぐ。もし一撃でも正面から喰らえば、槍ごとエアリアルは両断されるだろう。
「手ごわい」
エアリアルが交錯した感想を思わず漏らす。またヘカトンケイルがそれぞれ剣、鉄球、槍、斧と持つ武器も様々だ。多様かつ間合いの違う武器を同時に相手にするのは、エアリアル程の技量の持ち主でも難しい。またエアリアルの槍ではヘカトンケイルの鎧を通らないため、エアリアルは正面から打ち合うのは諦め、ヘカトンケイル達のバランスを崩すことに専念した。
だが戦ううちに、エアリアルはヘカトンケイル達の動きがおかしなことに気がつく。ヘカトンケイル達は互いの体が自分の武器の軌道上にあろうが、お構いなしに武器を振うのだ。同士討ちのような格好で傷ついてゆくヘカトンケイル達。
「なんだこいつらは?」
ためしに鉄球の軌道上に来るよう1体を誘導してみると、お構いなしにその頭を撃ち抜いた。鎧が頑丈だから頭は無事だが、さすがの鎧も変形してしまっている。
「なるほど、そういうことなら戦いようはある!」
エアリアルは思いきって4体の中心に飛びこんで行き、その中央で戦い始めた。
***
一方で大方のゴブリンとオークを片づけたニアとミランダ。
「ニア、残りは任せる。アタシはデカブツをやる!」
「わかった!」
ニアが膝裏を打ち抜いて片膝をついたオークの首をへし折りながら答える。ミランダが向かうのは魔術無効化兵3体。魔術が効かないことをミランダは知らないわけだが、動きが鈍重で巨体なため、ミランダにとってはもってこいの相手だった。
「うらぁ!」
相当に虫の居所が悪いミランダの渾身の一撃。2mを越す巨体のキャンセラーも、足を狙われ宙に舞う。そのまま頭に一撃を喰らわせると、次のキャンセラーに向かおうとするが、ミランダは足を掴まれバランスを崩した。
「何?」
足を掴んだのは頭を潰したはずのキャンセラー。完全に変形しているのだが、全く怯む様子はない。ミランダは力ずくで掴まれた足をふりほどいたが、その隙は大きく、既に別のキャンセラーの大剣が眼前に迫っていた。
「!」
「危ない!」
金属音と共に、アルフィリースが渾身の一撃でキャンセラーの大剣を叩き落とす。その隙を利用して、距離をとる2人。
「助かった、アルフィ」
「あの大きい鎧も厄介ね」
「全くだ。粉々にするしかないのか?」
「いえ、その必要はありません」
リサが後方から声をかける。目を閉じ、ファランクスの元で身につけたセンサーに集中しているようだ。
「やはり鎧の中身は空――魔術で動かしているのでしょう。ちょうど腹の裏辺りに起動式の中心があるようです。腹を狙って!」
「なるほどね」
「じゃあいくわよ!?」
ミランダとアルフィリースは同時に勢いよく地面を蹴った。
***
アルフィリース達が戦う様子を後方から見物するライフレス。気になるのはアルフィリース達ではなく、ヘカトンケイルやキャンセラーがどの程度戦えるのかを確認するためである。正直アルフィリース程度なら、自分一人でどうとでもできるとライフレスは考えている。
そのライフレスの目の前でキャンセラーは順にミランダにとどめを刺され、ゴブリン・オークの残りはニアに倒されていく。そしてヘカトンケイルはエアリアルによって次々と動きを鈍らされ、まとまったところにフェンナが魔術で一掃した。残りのゴブリンとオークを掃討したら、間もなくライフレスにかかって来るだろう。
「・・・ふん、所詮は紛い物の命・・・命令された以上のことはできないか・・・思考も単純だし、同士討ちをするようでは・・・まだまだ改良の余地があるな・・・」
ヘカトンケイルはザムウェドとの戦争でこそ功を奏したが、開発者のアノーマリーが自分で指摘したのは、獣人のように正面から勝手に突っ込んでくる相手には強いが、罠や混戦には弱いのではないかということだった。やはり生産費用が安価なせいなのか、知能に関しては全体的にかなり低く、偶発的に高い個体が生まれることはあるものの、細かい命令は望むべくもなかった。
今回シーカーと戦わせてみて、動きも鈍く、魔術耐性も低いヘカトンケイルはシーカーとの相性が悪い。先ほどのシーカーの一団との戦いでも、奇襲にもかかわらず実に10体以上のヘカトンケイルを失っていた。
「・・・ヘカトンケイルも今のままでは獣人の相手にしか使えないな・・・いや、グルーザルドは軍として戦術を用いるし、どちらにしても今のままではもう出番は望めない・・・早急に改良が必要か・・・またアノーマリーが頭を悩まし悶えるのだろうな・・・いや、奴はそういうのが好きだったか?・・・くく、しょうがない奴だ・・・」
ライフレスが難題に悶えるアノーマリーの様子を想像して笑っていると、突然体に連続で3本の矢が刺さる。射たのはエアリアルであり、既にライフレス以外は全滅していた。集中し始めると周りが気にならなくなるのは自分の悪い癖だと、ライフレスはため息をつく。もっとも油断したところで、負けるはずが無いほどの自信がライフレスにあるのも事実である。
周囲で木々が燃え盛る中、アルフィリース達がゆっくりとライフレスに取り囲んだ。彼女達の表情に油断は無く、同時に怒りに満ちている。紅い光に照らされて、さながら悪鬼に見えるのは彼女達の方だった。
「なるほど。確かにアルフィリースの言うとおり、矢は効かないな」
「ええ、でも魔術ならどうかしら?」
アルフィリース、ミランダ、フェンナ、エアリアルがそれぞれ詠唱に入ろうとする。そんな彼女を見て、また薄く笑うライフレス。
「何が可笑しいの?」
「・・・いや・・・君たちが余りに必死だから、おかしくてね・・・」
「いつまでも笑ってな。死ぬのはお前だ」
「・・・くくく・・・これだから物を知らないガキは嫌いなんだが・・・」
「まだ言いますか!?」
「・・・そうやって今まで数多の人間、時には魔獣や魔物までもが僕の前に立ちはだかり・・・そして誰も僕を殺せなかった・・・実に800年の間ね・・・」
「800年、だと?」
思わず全員が詠唱を忘れるほど驚く。だがライフレスはそんなアルフィリース達の反応すらどうでもよさそうだった。
その時である。ライフレスの背後から大きな生物の足音が聞こえてきたのは。
続く
次回投稿は2/14(月)12:00です。
決してバレンタインとかのせいではない。バレンタインなんて妄想だ、しくしく・・・