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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その172~報復㉒~

「なんという小僧だ・・・このままでは勝ってしまうではないか」


 バンドラスの想定では、レイヤーがアナーセスから逃げ回りつつ、勝負が長引くのが理想的だった。教えた技術は逃げることにこそ役立つが、まさか攻撃にまで応用するとは思わなかったのだ。攻撃のおこりを予測してかわすだけでなく、反撃する。その反応速度、戦いの才能はバンドラスの想像をはるかに上回る。

 そもそもバンドラスの考えでは、アナーセスはゼムスに見限られているはずだ。ゼムスが宿から動いていないということは、使い魔ないしはセンサー能力を使ってターラム内の出来事を把握しているはず。アナーセスとダートの昨晩の戦いも知っているはずなのに、出てこない。となると、自分のことは自分でどうにかするべきだと考えたということ。もしアナーセス、ダートが公に追われる立場となれば、ゼムスは旅のどこかで二人を切って捨てるだろう。今までもそうしてきたし、別段珍しいことではない。

 ゼムス本人はターラムでは動かないだろうから、考えられるのは、機会を見てエネーマあたりが二人を始末しにくるかどうか。バンドラスの目算では、レイヤーが時間を稼いでいる間にエネーマないし、別の誰かがこの場に乱入してくることを期待していたのに、誰も来ない。増援どころか、見物人さえ現れなかった。これはさすがにおかしいとバンドラスは気付く。結界か何らかの手段を使って、この場所は人除けがされていると気付いたのだ。自分が周囲を警戒するまでもない。


「どういうことかのぅ、アナーセスを守ろうとしているのとでも? あるいは――レイヤーとアナーセスを戦わせたかったとでも? まさかな」


 バンドラスは自分の疑問に結論は出ないことを知ると、どうするべきかを考えた。特性持ちの本領は、それと意識できるまでは窮地に陥ると発揮されやすい。自分もかつてそうだったし、アナーセスが才能を発揮したのも絶体絶命の危機だった。一度意識できるとなんとでもなるのだが、無意識のうちはその特性もはっきりしない。

 レイヤーの特性もまた同じ。本人に自覚がなく、いまだ発揮されないその力。アナーセスとの戦いで発揮されるかと思ったが、このままではそういうわけにはいかなさそうであった。もっと、良い勝負にならなくては。


「一つ、仕掛けてみるか」


 バンドラスはそっとその場を去ると、あるモノを探しに行った。その間にも、レイヤーは手を緩めず的確に相手の攻撃を捌きながら、一撃を加えていった。確かに攻撃するたびに一撃の威力が上がっているように見える。だがそれだけなら、盤上の遊戯と何ら変わりない。自分の攻撃を適切に置き、相手の駒を奪っていく。焦りさえしなければ、やがて相手を崩壊させることができるだろう。レイヤーはそんな戦いにどこか空虚な感じを覚えたが、油断はしていないはずだった。

 そんな空気は、それでもどこかレイヤーの集中力を奪っていたのか。抉った肉片が再生するまえにレイヤーの剣がアナーセスの心臓に届くと思われたその時、不意にそれは現れた。

 何の変哲もない、浮浪児。レイヤーとアナーセスの近くにふらふらと現れたその子どもは、こともあろうにアナーセスの方に近寄っていくではないか。狂戦士と化したアナーセスの意識が浮浪児に向いた。浮浪児を囮に使えば、さらに高い確率でアナーセスを仕留めることができるだろう。

 だがそんな計算をしながらも、レイヤーのとった行動は真逆だった。レイヤーはシェンペェスを投げつけて浮浪児を転倒させると、アナーセスの腕が宙を切る。レイヤーは飛びこんで浮浪児を抱え、視界の端にある籠が積んである場所に向けて思い切り放り投げた。その刹那、アナーセスの大木のように隆起した腕が、レイヤーを彼方まで弾き飛ばしていた。

 レイヤーは薄れゆく意識の中で、バンドラスの歪んだ笑いを見た。それだけで浮浪児を連れ込んだ犯人は理解したが、どうしようもなかった。きりもみ上に回転したレイヤーは受け身もとれず地面に頭から落ちると、それでも勢いが落ちることなく、複数の建物の壁を貫通し、土煙を上げながら彼方まで飛んでいった。

 バンドラスはその様子を見ながら、少々効き目がありすぎたかと後悔していた。


「ちょっと間違えたかのぅ・・・? 死んでしまったは意味がないわけじゃが、まさかあそこまでアナーセスの反応が早くなっているとは。今までの戦いの中で、間違いなくアナーセスを最も追い込んだ戦士じゃよ、少年」


 バンドラスは素直に賛辞を送り、レイヤーの後を追おうとしてやめた。アナーセスは咆哮を上げながら、レイヤーの後を追う。レイヤーが死んだかどうかに関わらず、アナーセスはその死骸を引きちぎってしまうだろう。狂戦士と化したアナーセスは、目標が千切れて原型をとどめなくなるまで攻撃を止めることはない。バンドラスはアナーセスとは別の道からレイヤーの行く先を追った。


「これで死んでくれるなよ、小僧。まだ知りたいことがあるのじゃからな」


 だが壁を殴り破り、瓦礫を踏みつぶしながら前進するアナーセスに先んじることはできなかった。バンドラスがレイヤーを見つけた時には、既にアナーセスが瓦礫に半ば埋もれて横たわるレイヤーの前にいた。バンドラスは咄嗟に身を隠し、わかりきった成り行きを見守った。



続く

次回投稿は、10/20(木)10:00です。

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