快楽の街、その171~報復㉑~
「シェンペェス、やれるかい?」
「(さて、どうだろうな。あの手の怪力とはごまんとやり合ったことがあるが、あれはその中でも特上の一体だ。俺の扱いには気を付けてくれ。受けに使われて折れてはかなわん)」
「魔剣のくせに折れるの?」
「(阿呆。魔剣だろうと、強度には限界があるわ)」
「じゃあ気を付けるとするよ」
レイヤーはアナーセスの皮膚が回復するまで待った。その方が相手の筋肉の動きがはっきりとわかるからだ。筋肉の動きで「おこり」を見る。全身がほとんど裸になったのは好都合だった。分厚い衣服に身を包んでいた場合、動作のおこりを見逃す可能性が高くなる。
レイヤーはシェンペェスを持つと、だらりと手を下げて自然体を保った。技術を持つ相手に、下手な構えは不利になる。アナーセスの皮膚が全て元に戻ると、レイヤーは石を投げてアナーセスの注意を引いた。レイヤーに向き直ったアナーセスの視線は焦点が定まっておらず、正気がないことは明らかだ。予想通り過ぎて、自らの戦いの運命を恨みたくなるレイヤー。
「復讐なんて考えるとろくなことがないとは言うけど、確かにその通りかな」
猛獣と化したアナーセスがレイヤーに飛びかかってきた。バンドラスは既に姿を消しており、ここに近づく者たちを払いのけると言っていた。それを信じるなら、レイヤーは思いっきり戦うことができる。だがアナーセスの初撃を躱して、風圧で体勢が崩れた。他人がいようがいまいが、他のことに気を遣う余裕は一切ないことを知る。
「チィ!」
「ガアァアア!」
もはや武器を使う理性すらないアナーセスの攻撃は単調極まりない。バンドラスとの特訓がなくとも、避けることは問題ないだろう。だが障害物を紙のように削り取り、風圧で相手の動きを制限するほどの攻撃は、どれほど予測できても避けることは困難を伴う。粗暴なだけの攻撃も過剰な威力を伴えば十分に脅威となることを、レイヤーは身をもって知った。
むしろバンドラスとの特訓で活きたのは、より正確に相手の急所を狙えるようになったこと。どれほど鎧のような筋肉が内臓を守ろうとも、動きによっては必ず鎧の継ぎ目が見える。その点を正確に突くことで、有効な攻撃を与えることができた。右拳を繰り出した後の脇、蹴りを繰り出した時の膝裏。再生するとはいえ、一度動きを制限すれば二撃、三撃と攻撃が当たる。レイヤーは確かな手ごたえを感じていた。
「いけるか」
「(ああ、これならただの腕力の強い怪物と同じだな。何十手先かはわからんが、致命の一撃も入れることができるだろう)」
そう誇らしげに言いながら、シェンペェスはレイヤーが恐ろしかった。たった二刻程度指導を受けただけで、もうその本質をつかみつつあるレイヤーの才能。今までのどの主と比較しても早い成長に、シェンペェスですら恐れを禁じ得ない。
「(これほどの人間がいるとは・・・将来この少年はどこまで強くなり、そして何を斬ることになるのか。特別な力を持つ者には特別な役目が与えられると古人は言った。だが、これほどまでの力を要求されるとは、一体どういう運命が待ち受けるのだ? 彼のような存在が生まれる必要が、本当にあったのか?)」
シェンペェスの悩みをさておき戦いを優勢に進めるレイヤーの様子を、面白くない表情で見つめる者がいた。彼に手ほどきをした、バンドラス本人だ。
続く
次回投稿は、10/18(火)10:00です。