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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その170~報復⑳~

「・・・小僧、相手を捕捉したら一度遠巻きに観察するぞ。何やら雲行きがおかしい」

「そうしたいとこだけどね。無理かな」

「無理?」


 レイヤーとバンドラスは豪炎の中、崩れる建物を目にしていた。既に炎は広がり、長屋のような造りをしていた建物一帯を焼き払っている。こちら側には人があまりいないのか、家事を知らせる声は別の場所から盛んに上がっているようだ。人目につかないことは幸いだが、このままではこの炎は燃え広がり、ターラムは大火事になるだろう。人を呼ぶべきかレイヤーが逡巡した時、先に建物から出てくる人影に気付いた。


「うっ、なんじゃあれは」

「一つ聞くけどさ、アナーセスって人間だよね?」

「人間じゃよ。限りなくタガの外れた、な」


 二人の目の前に現れたのは、皮膚がほとんど炭化した大男であった。本来ならとうに死んでいるであろう火傷を負いながら、しっかりとした足取りで倒壊する建物を押しどかしながら出てきたのだ。人とも思えぬその行為に、レイヤーとバンドラスが青くなるのも無理はない。

 そもそも、アナーセスを見いだしたのはバンドラスだ。アナーセスを見つけた時、彼は人間の暮らしをしていなかった。どこでどう間違えたか、彼は魔獣に育てられた人間だった。猿の形をした魔獣は人里から人をさらっては犯し、殺していた。犯す相手はは女であろうが男であろうが、老若男女を問わなかった。どうしてそんなことをしたのかは知らない。魔獣の考えることなど、人間に土台理解できることはないからだ。

 その中でアナーセスだけがどうして殺されなかったのか、その事情もまたわからない。討伐依頼を気まぐれから受けたバンドラスが見たのは、人の身の丈の倍はあろうかという大猿と一緒に木の上を飛び回る人間の子ども。バンドラスは依頼通り大猿たちの始末を始めたが、少年は依頼に入っていないため、最後に回した。そして大猿の頭領を殺す直前になって、なんと少年が自らとどめを刺したのだ。命乞いをする猿めがけて、何度も石を打ち据える少年。頭が砕けでも原型をとどめなくなるまで叩き潰すその念入りさに、バンドラスは感心した。そして振り返ったその表情が血塗られた笑顔でなければ、そして特性持ちだと気づかなければ、バンドラスは少年に向けて振るう剣を止めることはなかったろう。

 命を救ったとはいえ、バンドラスには扱いかねる少年を、人里離れた場所に放し飼いにしてみたのだが、少年の行動は猿たちといたころと何ら変わりなかった。バンドラスは比較的少年の近くで活動をすることが多かったため気が向いた時に言葉を教え、人間らしい生活をさせるように躾てみたが、生きる知識に長けた少年はすぐに人間らしい生活も送れるようになった。ただ、その本性だけがどうやっても変わりなく、ギルドには徐々に討伐依頼が出されるようになっていた。そんなうちにこれまたひょんなことからアナーセスと名付けた少年とゼムスが引き合わされることになったのだが、一悶着あったすえ、ゼムスが彼を気に入って仲間に引き入れるように決めたのだ。

 だが、その決断は何年も経てからさらに面倒な事態を引き起こしたようだ。アナーセスのあの状態を見たことは何度かあるが、まさか人里で発動するとは思わなかった。想像されるのは、最悪の事態である。


「まずいのう」

「一応聞くけど、何がまずいわけ?」

「あれは奴の特性が露骨に発現したのじゃ。奴の特性は戦士ではあるが、正確には『狂戦士』。一度放たれれば、周囲の全てを破壊するまで止まらん。強敵に遭遇した時に発現するのじゃが、今まで知っている限りで2回ほどしか見たことがない。あの状態になると、痛みを与えるほどに力が増す。それに再生能力も人間のそれを遥かに凌駕し始める。魔術による自動回復と一緒じゃ、見るがよい」


 バンドラスが示す先には、炭化した皮膚が剥げた下から新しい皮膚が出てきていた。レイヤーは戦慄を覚えた。


「あいつ、首を刎ねたら死ぬよね?」

「刎ねれるかのぅ。筋力も比較にならんほど上がるから、並みの鉄の剣では首の筋力だけで止められるじゃろう。全身は鋼の鎧のごとく、一撃を食らえば即死の相手じゃ。じゃからこそ、儂の訓練が活きる。わかるな?」

「ああ、そういうこと」


 レイヤーは納得した。防ぐことはできず、ひたすらアナーセスの攻撃をかわしながら戦わなければいけない。そして相手の急所を探す。筋肉がどれほど発達しようとも、鍛えることのできない部位は必ず存在する。そこを狙うしかなかった。


「わかった、やってみよう」

「儂は手をだせん。あの状態でも、アナーセスはおぼろげながら記憶があるからな。万一逃げられては面倒なことになる。お主が上手く追い込めば、とどめは手伝ってやろう」

「それって、要はおいしいとこ取りだよね?」


 レイヤーが苦笑いするとバンドラスは困った顔をしながら闇に姿を溶かしたが、振り返ったレイヤーには、もはや笑顔は消えていた。レイヤーはシェンペェスを抜くと、狂戦士と化したアナーセスに向き直った。



続く

次回投稿は、10/16(日)10:00です。

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