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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その168~報復⑱~

「・・・先端に、蛇だと?」

「蛇鞭、というものよ。見てのとおり蛇を真似て作った武器だけど、鞭とはちょっと扱いが違うのよね。普通の鞭は先端に威力があるのだけど、これはそうではない。その代わり、ちょっと変わった軌道で動かせるのよ。こういう風にね」


 ファンデーヌの操る蛇鞭はまさに蛇のように地面をはい回りながらアナーセスに迫った。普通の鞭は曲線を描いて飛んでくるが、蛇鞭のそれは直角にも曲がるし、およそ鞭とは言い難い挙動でアナーセスに迫った。そしてアナーセスがとらえきれないでいると、目の前でくるりと方向を変えた蛇鞭はアナーセスの背中、皮の剥げた肉に食い込んだ。

 だが痛みはほとんどない。そんな武器をわざわざ使う――となれば理由は限られる。


「その形、毒か」

「さて、どうかしらね」

「俺にたいていの毒は効かんぞ」

「量と種類と、使い方次第ってところかしらね。毒が効かない生物はいない。それこそ魔術でも使わない限りね」


 ファンデーヌは薄く笑うと、攻撃を繰り返した。アナーセスに捕まらないよう、一定の距離を取りながら攻撃を繰り返す。器用にも両手で別々の鞭を扱いながら、障害物の隙間からでも正確にアナーセスを攻撃し続けた。前回と違うのは、ファンデーヌに戦う気があること。距離を取るだけではなく、突然間合いを詰めて蹴りを繰り出したり、目の前をかすめるように動いたりする。鞭使いとはおよそ縁遠い動きに、アナーセスも戸惑った。

 せめて鞭を捕まえれば無力化できるのだが、生き物よりも器用に動き回る鞭を捕まえるのは至難の業で、なんとか一度捕まえてみたものの、ファンデーヌが鞭に回転を与えながら引き抜くと、アナーセスの手のひらが摩り下ろしたようにぼろぼろになっただけであった。

 アナーセスはさすがに一端距離をとるべきだと考えた。アナーセス本来の武器は、投げ斧だ。目にもとまらぬ速さで人間を数人まとめて両断する投げ斧が必殺武器だが、さらに変化をつけて投げることもできる。建物があろうが重装騎士であろうが断ち切ることができるが、なぜかその判断ができない。本能が前へ、前へとせきたてる。前にいくたび退きながら鞭を振るうファンデーヌに肉を削られるのだけなのに、その思考回路が止まらない。

 さきほどの男娼館でもそうだ。確かにうっぷんがたまっていたが、それにしてもあそこまでいきりたつのは尋常ではない。この後何も危険が控えていない時は精根尽き果てるまで遊ぶこともあるが、こんな状況では戦士としてそこまで自堕落な遊びをすることはなかった。そんな判断力もなくしているとは、どういうことか。ここにきてようやく、アナーセスは自分がおかしくなっていることに気付いていた。


「貴様・・・まさか、もう既に毒を?」

「あら、ようやく気付いたのね。昨日の戦いからずっと、興奮系の毒をね。鞭を使っていると、それ以外には目が向かないでしょう? まして無香料の毒ともなれば、なおさら。ずっと風上に立っていたのに、気付かなかった? まあ興奮系の毒って、正常な判断能力を失わせるから、そんなことも気にかけていられないでしょうけど」


 ファンデーヌが色々と説明するが、既にアナーセスの頭には入ってこない。鮮明に映るのは、ファンデーヌの姿のみ。この相手を犯して、壊して、ぐちゃぐちゃにしてしまいたい。端正な顔立ちが壊れる様はさぞかし快感だろうという考えが、頭から離れない。アナーセスの眼が血走り、正気が失われるのを確認すると、ファンデーヌはゆったりと微笑んだ。


「ようやく効いたわね。数回もかがせればギガンテスや巨人でも正気を失わせる香なのに、一晩以上もかかるなんてね。どんな体の構造なのかしら? 昨晩一度撤退して、濃度の高い毒を作ってきたのは正解だったみたいね」


 ファンデーヌが蛇鞭をしまい、代わりに白い鞭を取り出した。細く美しいその白い鞭は、振るうたびに高い音が出る。


「さて、念には念を入れましょう。正気を失わせて撤退を防いだのはよいですけど、興奮した相手に打ち殺されてはかなわないですからね。今度は感覚を奪いましょうか。これからあなたが見る私の姿は、全て頭の中に浮かぶ幻影でしかないわ。上下左右すらわからない赤子のようになりながら、私の姿を求めて暴れなさい」


 ファンデーヌが白い鞭を振るうたびに、ぴょう、ぴょうと高い音が出た。攻撃として有用ではないその攻撃だが、一つ鞭を振るうたびにアナーセスの感覚を奪っていく。ファンデーヌは勝利を確信した。ここまですれば、相手の攻撃が当たることはない。檻の中に入れた獲物を、檻の外から丁重にいたぶるだけ。まさに煮て食おうが、焼いて食おうが好きにできる状態となる。

 だがしばらくすると、ファンデーヌは妙なことに気付いた。たしかにアナーセスはあらぬ方向に突進を繰り返している。だがその動きが徐々に鋭くなり、確実に相手を破壊するようになってきていた。一度突進するたびに壁を壊し、支柱を壊し。このままではこのあたり一帯の建物が崩壊してしまう。香を使って人除けをしてあるとはいえ、ファンデーヌにとって望ましくない展開だ。アナーセスと戦っていることがばれたら、ブラックホークとしてよからぬ噂が立つかもしれない。ファンデーヌとしては時間をかけず仕留めたいところであったが、先ほどから肉を削ごうが急所を打ちすえようが止まらなくなっている。

 そしてアナーセスの眼がファンデーヌの動きを正確にとらえた時、ファンデーヌは彼女に似つかわしくなく、即座に大声を張り上げた。


「ゲルゲダ、やりなさい!」


 刹那、ファンデーヌのいた場所に戦斧が投げつけられるのと、ファンデーヌが身を翻して建物を脱出するのと、建物が爆音とともに炎上するのはほとんど同時だった。

 ファンデーヌは埃をかぶった身を整えながら、建物を急ぎ足で後にしていた。そこにゲルゲダが合流する。あらかじめファンデーヌの指示通り、建物のそこら中に爆薬を仕掛けておいたのだ。保険のつもりだったが、まさか使うことになるとは、ゲルゲダも思っていなかった。



続く

次回投稿は、10/12(水)10:00です。

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