快楽の街、その166~報復⑯~
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「まずはご苦労じゃったと言っておくか、ガーランド」
「俺はいいが、部下は労ってやってくれ。ターラムの掃きだめみたいな連中だが、今回に関しちゃよくやった。ターラムの被害はなしとは言わないが、かなり減らしたとは思う」
「知っておるよ。お前たちが霧が広がるのを防いでなければ、もっと被害は出ていたじゃろう。そのためにアルネリアの聖魔術を教えたのは違反じゃと言わざるをえんがなぁ。お主とあと数人には教えたが、それ以外に広げるのは禁忌じゃと申したはず。見逃してやるのと、差っ引きゼロかの」
「このクソ爺」
ぺっと唾を吐いたガーランドに、ヴォルギウスがぽんと袋を投げてよこす。中には金貨が大量に入っていた。これだけあれば、それなりに多くの家が建つだろう。ガーランドが中身をまさぐって、じゃらじゃらと金貨を弄んでみる。彼にしても、初めて見る額の金貨だった。
ヴォルギウスは物珍しそうにするガーランドを見て、優しく声をかけた。
「ちょっとしかないがの。それで酒でも飲ましてやるとよかろう」
「酒だけにしては多すぎじゃねぇのかい」
「爺には不要じゃ。寝床とちょっとの寝酒と、質素な食事があればよいからの。ぱーっと使うもよし、貴様たちのたむろする場所を作るもよし。おすすめは、この街を出ることかの。今回来ておる神殿騎士はごまかせん。今回の一件が終われば、お主らは糾弾される。いや、糾弾されるだけならよいが、かなりの確率で消されるだろうな」
「マジかよ。品行方正なアルネリアの神殿騎士様が、そこまでやるのか?」
「あれは根っからの巡礼よ。アルネリアのためなら正義の名の下に女子どもを殺せる男じゃ。真っ向から戦っても勝ち目はないだろうし、早々に去るがよい」
「・・・ふ~ん。ま、受けてっておくぜ。今日の夜までには使い方を考えらぁ」
ガーランドは袋の中身を確かめて袋の口を縛ると、ひょういと小脇に抱えて椅子から立ち上がった。その目には、自ら掘った聖アルネリア像がある。
「これでこの美人も見納めかね。爺はどうすんだ?」
「儂はまだ多少やり残しがあるようじゃ。それが済むまではここから離れんわ」
「やれんのか、『金のヴォルギウス』?」
「誰が貴様に戦い方を仕込んだと思っておる?」
ヴォルギウスの声は自信に満ち溢れていた。ガーランドはふー、とため息をつくと、背を向けたままヴォルギウスに目にもとまらぬ速さでナイフを投げつけた。だがそのナイフは後ろを向いたままのヴォルギウスが指の間で挟んで止め、背を向けたまま目にもとまらぬ速度でガーランドに何かが飛んできた。
ガーランドは咄嗟に手甲で受け止めたが、鉄でできた手甲には銅貨が突き刺さっていた。ガーランドは驚くでなく、子供の用に怒った。
「・・・って、銅貨じゃねーか!」
「阿呆、金を使ったら殺しておるわい。弟子を殺す師があるか」
「くっそ、全然衰えてねぇな。この報酬がちょっとだってのも本当か。戦う気満々じゃねぇか、この妖怪爺が」
「このくらい鍛えてなければ、巡礼でもターラムでも生き残れんのよ。お主には向いておらん、さっさと去るがよい」
「それを決めるのは俺だぜ」
ガーランドは手を振りながら背を向けて去っていったが、その背後でヴォルギウスがきたるべき自分の戦いへと、闘気を貯めこんでいるのが感じられていた。
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「くそっ! 面白くねぇ!」
アナーセスは男娼館で苛立ちを隠せずにいた。彼の足元には、息も絶え絶えになった男娼たちが、折り重なるように何人も地に伏していた。手加減なしのアナーセスの過酷な遊戯に耐えることのできる男娼などいるはずもなく、片端から使い潰している最中だった。ひょっとすると、何人かは死んでしまったかもしれない。いつもは苛立ったときに男娼を相手にすればそれなりに発散できるのだが、今回ばかりはアナーセスの苛立ちが収まらなかった。もはやラニリで満足したことなど、覚えてはいない。
それもそのはず。先の戦いでは鞭使いの女に一方的に嬲られたのだ。その女がブラックホークの6番隊隊長であるファンデーヌであることは宿に帰ってから知ったのだが、あまりに一方的に気の抜けた攻撃だけを繰り返されたことに腹が立つ。
アナーセスは攻撃を受けること自体に腹を立てたわけではない。むしろ攻撃を受けることは好きだ。相手の気合の入った攻撃を受け切り、全てを出し尽くさせたうえで相手を破壊する時に無上の喜びを感じる。ファンデーヌも最初は強烈な一撃だった。だがその後は距離をとりながら、のらりくらりと気の抜けた攻撃を延々と繰り出してきた。アナーセスとて全力を出したわけではないが、気が乗りそうなところで間を外され続け、気が付けば相手はいなくなっていた。不完全燃焼もよいところだ。
アナーセスは苛立ちだけを覚え、男娼館へと一人繰り出した。原則単独行動をとることをゼムスは禁止している。いかに屈強なゼムス一行であろうとも、単独行動は危険だとゼムスは常々言ってきた。勝ち続ける自分たちだからこそ、恨みや妬みを覚えのないところで買っているだろうと。そうでなくとも思い当ることは多々あるのだが、さすがのアナーセスもゼムスには逆らう気はない。戦って勝てない相手に逆らっても、良いことは一つもないからだ。
だがアナーセスは怒りのあまりその掟を破った。アナーセスの戦いの勘が告げる。今晩にでも外のオークが動き出せば、さすがにターラムで遊興に耽るどころではなくなるだろう。そして今度は間違いなく辺境に行かざるをえない。辺境では戦いの日々が待ち受けるだろうが、戦いがこの鬱屈を晴らしてくれるとは到底思えなかった。こういう時は男を抱き潰すに限るのだが、それすらもアナーセスの苛立ちを治めることはできなかった。
アナーセスは今手の中にある男が気絶していることに気付くと、ぽいと放り捨てた。気づけば誰も立っている者がおらず、アナーセスは乱暴に鈴で外にいる小姓を呼び入れたが、入ってきたのは館長と思しき小太りの男だった。こういう場所の館長はたいてい肝が据わっているものだが、アナーセスの偉丈夫を見ればさすがに恐れおののくのか、それとも一際いかがわしい娼館なだけに後ろ暗いところがあるのか。館長は卑屈な態度で両手を揉み絞るようにしてアナーセスに懇願した。
続く
次回投稿は、10/8(土)10:00です。