快楽の街、その165~報復⑮~
「やーめた、考えても意味がないわ。私やイェーガーには関係なさそうだし」
「お前がそう判断するのならいい。だが我々には関係がある話だ。せっかくの儲け話だから、可能な限り利益を掴んでおきたい。ヤトリ商会は支部は各所にあるが、様々な利権は常に自分の手元に置いてあると言われていた。ヤトリの潜伏先が、この街にあるはずだ。その場所を押さえたいのだが、イェーガーの人員を借りることはできないか?」
「あなたさ、この街の状況わかってる? オークの大軍に囲まれているんだよ? 自警団もイェーガーも、それどころじゃないでしょ」
「こんな状況だからだ。今ターラムには外からの人間は入りたくても入れん。私も同様だ。外からフェニクス商会の応援を呼びたくとも無理だ。だからこそ、価値があるのだ。利益の独占など、そうある話ではない。ヤトリは現物ですらかなりの金額を貯めこんでいると聞く。おそらくは金や宝石に変えてあるはずだ。結果的にはイェーガーのためにもなるだろう。それがわからんイェーガーの団長ではないと思うがな」
「む・・・」
連絡員の言うことはもっともだった。ジェシアは少々考えたうえで、同意した。
「わかったわよ、団長に聞いてみるわ」
「そうしてくれ、それが双方のためになる。時にジェシア、お前は考え方が傭兵のそれになっている。いや、イェーガーのものと言うのかな。お前はフェニクス商会の商人だ、わかっているな?」
「いやね、そのつもりよ?」
「それないいのだ。フェニクス商会、ひいてはグルーザルドのためには、イェーガーすらも商品の一つであることを忘れるな。情にほだされんようにな」
「・・・わかっているわよ」
ジェシアの返事は決して歯切れのよいものではなかったが、連絡員はフードの奥の表情を見せることなく、金を置くと店の外へと姿を消した。残されたジェシアは、朝から酒を頼んでいた。
「・・・自分の分しか払ってないじゃない、ケチ」
自分も相当がめついとイェーガーの面々に言われたが、フェニクス商会ではそれが常識であったことをふと思い出すと、やはり自分は傭兵の世界に毒されているのかと思うのだった。
***
「おじさん、止まって」
「ぬおお!?」
ドラグレオは全力で走っていた足を止めたが、突然のことに止まり切れず、そのまま前方に何度も回転して岩に当たって止まった。ミコトの方は慣れてきたのか、ドラグレオが転げまわる直前にその肩からひらりと飛んで、事なきを得ていた。
「ミコト! もっと早く言え、俺は急には止まれねぇ!」
「急に止まる必要なんてないよ。おじさんはバカなんだから」
「俺はバカじゃねぇ!」
「はいはい、アホなんだよね」
「わかっているならいい!」
「アホでもいいんだ・・・」
いつものやりとりにくすりと笑いながら、ミコトはじっと目を凝らしていた。視線の先には、かなり強い生命力が無数に見えた。それは夜空のごとき数であり、中心にはこれまた相当の数が集まっている。
「これは・・・街が包囲されているのかな?」
「何かあるのか?」
「うん、凄い数の煌めきが一か所に集まっているから、かなり大きな街があるんだと思う。だけど、その周りには凄い数のきらめきが、街を囲むようにいる。光が一つ一つ人間よりは大きいから、魔物が街を包囲しているのかな?」
「ほう?」
ドラグレオは面白そうにミコトの意見を聞いた。出会ってしばらくしてわかったことだが、ミコトは魔眼持ちだった。遠く離れた場所や、障害物があっても、生命力を『視る』ことができる。それは魔力だったり生命力だったりの総合だが、その大きさで相手が強い存在かどうかを判別することが可能だ。もっとも、傍にいる男ほど巨大な輝きをミコトはまだ目にしたことがない。うかつに正面から見ると、魔眼が潰れんばかりの輝きだった。彼のおかげで魔眼の制御方法を覚えたと言っても過言ではない。
ドラグレオは再度ミコトを肩に担ぐと、あたりをきょろきょろと見回した。
「なら、実際に見てみないとな」
「どうするの?」
「高いところに行く」
「はい?」
ドラグレオは一言告げると、猛然と近くで最も高い山に向けて駆けだした。木の上を全速で駆ける様は、木の上を飛ぶ鳥たちが驚く速度。ミコトもこういったドラグレオの行動には慣れてきたので、とりあえずしっかりとしがみついて落っこちないように努力し、舌を噛まないように口を閉ざすくらいしかやることがない。
木の上を飛ぶように走り、崖のような場所をほぼ垂直に駆け上がると、彼らは半刻も経たないうちに地上を遥か見下ろす山の上にいた。
「・・・なるほど、あれか」
「おじさん、見えるの?」
「おうよ、相手の表情までようっく見えるぜ。ありゃあ確かターラムとかいう街だな。まわりにゃオークの群れがいる。仮眠をとっているのが半分以上と考えると・・・夜襲だな、これは」
「ええ? あの街、東の大陸ではほとんどないくらい大きな街だったよ? そこに襲撃を魔物がかけるなんて、こっちの大陸ではよくある話なの?」
「ねぇよ。なんか知らないうちに面白いことになってるじゃねぇか。ちょっくら挨拶に行くかな」
「挨拶?」
「指揮官のオーク、見た顔だ。俺のことは知ってんだろ。事情を問いただしてみるさ」
「どうして? 危なくない?」
「ターラムの中にも知ってる顔を見た。御子殿がいるなら、ちょいと助けてやらないとな」
「御子殿?」
「そうだ。お前と同じだ、ミコト」
「私と同じ?」
ミコトは首を傾げたが、その次の瞬間にはミコトを抱え、ドラグレオは切り立った崖を飛び降りていた。こういうことに慣れてしまったミコトは危ないなんてことを考える前に、顔に当たる凄まじい風圧もどこ吹く顔で、陽が沈む前には到着するだろうななどと悠長に考えていた。
そしてあと一つ。さっきドラグレオが堂々と食料を盗み食いした騎士団らしき連中も、同じ場所に向かっているのをミコトは見ていた。特に先頭にいた二人。全身赤い鎧で覆われた騎士を見て、ドラグレオが「戦うと面倒くさい」と言ったのだ。巨獣すら拳一つで払いのけるドラグレオにして、その彼が面倒だと表現した騎士。どういったことが起きるのか、ミコトは嫌な予感がぬぐえないのであった。
続く
次回投稿は、10/6(木)11:00です。