死を呼ぶ名前、その5~最悪の敵~
「あなたは確か、初心者の迷宮で・・・」
「・・・覚えていてくれるとは光栄だ・・・そういえば自己紹介がまだだったか・・・僕の名前はライフレス、以後お見知りおきを・・・特にアルフィリース、ミランダ・・・君達とはね・・・」
「「なんですって?」」
意外な指名に、思わず声が重複するアルフィリースとミランダ。その様子を見てライフレスは珍しく口元を少し歪めるようにほころばせ、今度はフェンナに話しかける。
「・・・久しぶりだね、シーカーの王女様・・・僕のことは覚えているかい?・・・」
「あなたは・・・確か」
呆然としていたフェンナがゆっくりとライフレスの方を振り返る。その目はうつろでどことなく光が無い。だが状況は飲み込めている。
「あなたが、ウィラムを?」
「・・・ウィラム?・・・知らないな・・・今殺した奴らのことか?・・・」
「なぜ、こんなことを・・・どうして? ウィラムがあなたに何をしたっていうの?」
「・・・なぜ?・・・フ、フフフ・・・ハハハハハハハ・・・」
ライフレスは静かな声にもかかわらず高らかに笑い始めた。その行動に一同は全員驚くが、ドゥーム達がいたらもっと驚くことだろう。ライフレスが人前で声を出して笑うことなど、滅多にあるものではない。
「・・・理由が知りたいのか?・・・」
「・・・ええ」
「・・・愚かな・・・理由はない・・・」
「なんですって?」
瞬間、フェンナの目に驚きの色が戻る。これはフェンナにとって予想外の答えであった。フェンナのような心優しい人間にはまず他人を害することは考え難いし、復讐というのならまだしも理解はできる。また世の中には快楽殺人者という存在があることもフェンナは旅の中で知っていたので、彼女がそういった者の心情を理解することは全く不可能だったにしても、最も残酷な答えとしては考えられる可能性だったのである。
だがライフレスは理由が無いと言った。それは完全にフェンナの思考外の答えであった。
「理由が、ない?」
「・・・そうだ・・・お前達が呼吸をするのと同じように、僕にとって殺しは日常・・・ごくごく当たり前のことで、特に誰が死のうと興味が無い・・・せいぜい興味があるのは『強かったかどうか』の一点だけ・・・それに・・・」
「それに?」
「・・・これはさっき戦った奴らにも似たような事を言ったが・・・お前達は自分が森の中を歩くときに、足で踏み潰した虫を数えながら歩くのか?・・・」
「なん、ですって!?」
フェンナの周囲の大気が震える。フェンナの美しい髪がほとばしる魔力を受けて波立ち、その迫力にエアリアルが思わず一歩後ずさる。だがその様子を見てすらライフレスは何の感慨も浮かべない。
「ウィラムを、私の大切な人を『虫』ですって!?」
「・・・いや・・・虫は例えだ・・・」
「?」
「・・・こんなに手ごたえがないのでは・・・虫以下だな・・・」
「貴様!」
フェンナが魔術の詠唱に入ろうとする瞬間、ライフレスが担いでいた黒い袋を地面に引き落とす。
「・・・戦うのは勝手だが、これが犠牲になってもいいのか?・・・」
そう言ってライフレスは黒い袋の一部をぐいと外に引きずり出す。そこから出てきたのは血の気の全くないシーカーの顔だった。その顔色につられるわけではないが、フェンナの怒りに染まりかけた顔色が、再び蒼白に引き戻される。
「・・・チェザーリ様?」
フェンナの声に、オーリがふらふらと前に出る。アルフィリースを案内するために一人別行動を取ろうとしたオーリは生き残っていたのだ。だがオーリの呼びかけにチェザーリは答えない。そのため、なおも前に出ようとしたオーリをリサが引き留めた。
「これ以上近づいては駄目です」
「放せ、人間」
「いいえ、貴方を無駄死にさせるわけにはいかない」
「何だと!」
「・・・へえ・・・」
ライフレスは挑発にてっきり全員でつっかかってくるかと踏んでいたのだが、リサが見事に引き留めた。
「オーリとかいう人、あの袋をよく見なさい」
「なんだと!?」
「あの袋は、人間が一人収まるほどの大きさですか?」
リサの指摘は尤もなことであり、袋の大きさは子ども1人分程度しかない。それに大人が収まっているということは・・・
「・・・よく見ている・・・袋のサイズに適当なのがなかったものでね・・・袋に収まるようにちょっとこう、手足をね・・・」
ライフレスが、くいっと手で捻る動作をしてみせる。おもちゃを扱うように離すライフレスの言葉に、全員が絶句した。
「--なんてことを」
「・・・まあ実際抵抗が激しかったから、そうするしかなかったのさ・・・おかげでやっと大人しくなった・・・あ、ちなみに殺してはいない・・・持ち帰ってくれって五月蠅い奴が僕の仲間にいてね・・・まあ面倒くさいんだが、この程度の奴ならば殺さずに沈黙させるのに10分もあれば事足りる・・・」
「~~~~!」
オーリが声にできない怒りと共に突進しようとした瞬間、リサが杖を足にかけて転ばせる。そしてそのままオーリを押さえつけるふりをして、耳打ちをした。
「(だから死んでもらっては困るといったでしょう?)」
「私は放せと言っている!」
「(いえ、死んでも放しません。あなたが唯一の希望かもしれないのです)」
「?」
「(いいですか、私達が今目の前にしているあのライフレスという奴は、タチが悪いどころのレベルの敵ではありません。まるで底なし沼を見るような、それほど正体も力の底も見えないのです。実際あのシーカーが相当の魔力の持ち主なのはリサでも分かりますが、そのシーカーを子ども扱いしたのです。その力量は推して知るべし・・・もしあれが本気で暴れたら、この集落など簡単に滅びてしまうかもしれません)」
「なん・・・」
何かを言いかけるオーリの頭を強引に地面に叩きつけ、リサが言葉を続ける。リサも相当に焦っていたのだ。それほどライフレスを危険視していたのである。
「(黙って聞きなさい! いいですか、今からあなたには助けを求めに走ってもらいます。嫌とは言わせません、こちらにはシーカーの王族であるフェンナがいるのですから。ええ、人質と罵るならどうぞ。リサにはフェンナが王族かどうか関係なく、全員の命が大事ですから。ですからあなたは最低限、フェンナを逃がせるだけの戦力を連れて戻って来てもらいます。それに私達も便乗して逃がしてもらいますから)」
「・・・」
「(もって10分・・・それまでに何とか戻ってきなさい。それができなければ、地獄の底から呪ってやるのですよ。理解したらリサを突き飛ばして、ここから逃げなさい)」
しばしの間をおいたが、オーリは合理的なリサの判断に納得したのか、リサを突き飛ばして逃げて行った。だがいくらリサが小声で話そうとも、アルフィリース達も、ライフレスもまたリサの言ったことに想像はついた。だからアルフィリースはオーリを止めなかったのだが、またライフレスも何もしなかった。
「よいのですか、ライフレス様」
「・・・エルリッチか・・・」
ライフレスの背後に靄が湧き立ち、形を成す。出てきたのは、黒いローブに身を包んだ骸骨。いや、正確には骸骨のように骨と皮だけになった男。一部は本当に骨が見えていた。
「ご命令があればあのシーカー、殺しますが・・・」
「・・・構わん、行かせてやれ・・・これは賭けだ・・・」
「賭け、でございますか?」
「・・・ああ、僕の悪い癖でね・・・昂ぶって来ると賭けをしたくなる・・・エルリッチ、賭けないか?・・・僕が彼女達を屈服させるのと、あのシーカーが仲間連れて戻るのと・・・どちらが早いか・・・僕はもちろん屈服させる方に賭ける・・・」
「私もそちらに」
「・・・おいおい、それでは賭けにならない・・・」
「元より賭けになる勝負ではございませぬな」
「・・・ククク・・・それもそうか・・・」
2人が楽しそうに笑う。その姿をアルフィリース達は眺めるのみだったが、ミランダがかたかたと震えていることにアルフィリースは気がついた。
「どうしたの、ミランダ?」
「そんな・・・馬鹿な・・・」
「ミランダ?」
アルフィリースがミランダに触れようとした瞬間、ミランダが突然大声を出した。
「おい! そこの骸骨!」
「なんだ?」
「お前、今エルリッチと言ったか?」
「そうだが何か用か、小娘」
「エルリッチ・・・だと? 貴様・・・アタシの顔に見覚えが無いか!?」
「誰が貴様の様な小娘に・・・いや、待てよ。見覚えがあるぞ? そうだ、あれは確か・・・あの勇者と戦った時に・・・」
「チキショウ、やっぱそうなのか・・・」
「どういうこと、ミランダ?」
歯ぎしりするミランダに、溜まりかねたアルフィリースが問いかける。
「あいつは・・・あの骸骨野郎は、昔アタシのあの人が・・・オードが自らの命を引き換えに倒した魔王だ!」
「なんですって?」
「そうか、貴様はあの時戦いにも参加できず怯えていた小娘か。覚えているぞ、か弱きものよ。貴様は仲間が次々倒れていく中、何もできず泣きじゃくるだけだったなぁ?」
「貴様ぁ―!!!」
とびかかりかけるミランダを全員がかりでおさえこんだ。それでも全員をひきずったまま前進しようとするミランダ。
「はなせーっ! あの野郎だけはアタシが殺す!!」
「落ち着いてミランダ、今は駄目よ」
「アルフィリースの言うとおりだ。冷静になれ」
「冷静に!? 無理だ!!」
その一言と共に、ミランダが全員を振り飛ばす。
「きゃあっ」
「うわっ」
「死ねぇ!」
「ふむ」
仲間を吹き飛ばしながら愛用のメイスを構え跳びかかるミランダと、冷静に構えるエルリッチ。ミランダのメイスが振り下ろされようとする瞬間、ミランダはライフレスによって地面に容赦なく叩きつけられた。
「ぐっ!?」
「・・・まあ落ち着け・・・エルリッチ、貴様がこの女を見たのはいつだ?・・・」
「そうですね、ゆうに100年は前のことかと」
「・・・ふむ・・・ではこの女は不老不死なのか・・・以前魔王に心臓を刺されたはずだが、死んでいなかった・・・その時は見間違いか、何かしらの魔術かと思ったが・・・さて・・・」
ミランダを押さえつけながら、ライフレスがじっと興味深げにミランダを見つめる。
「はなせっ!」
「・・・女、名はなんという?・・・」
「誰が貴様なんぞに・・・」
だがミランダの声は、途中で腹のずぶり、という違和感と共に途切れた。
「え・・・あ・・・?」
「・・・名前は?・・・」
「う、うわあああ!?」
ライフレスの手が、直にミランダの内臓を握っていた。そのままミランダを吊し上げ、腹をかき回すように手を動かすライフレス。
「ぎっ、ひっ・・・あああああ」
「・・・名前は?・・・」
「い、言うもんか・・・」
「・・・ふむ・・・強情だが・・・これならどうだ?・・・」
《風弾》
ライフレスの短呪と共に、ミランダが腹から血を撒き散らせながらアルフィリース達の元まで吹き飛ぶ。ちょうどミランダを助けようと飛び出しかけたアルフィリース達の動きを止める格好にもなった。そのまま腹を押さえるようにうずくまるミランダ。
「う、ううう」
「ミランダ、しっかり!」
「ひどい・・・」
だが全員の心配もつかの間、背中まで突き抜けたミランダの傷はみるみるうちに治っていく。全員ミランダが不死身だとは既に聞いていたが、治る場面を見るのはリサ以外は初めてだった。むろんライフレスもその様子を見ている。そしてよろよろとではあるが、なんとか立ちあがるミランダ。
「・・・ほう・・・本当に不死身か・・・魔術要素が働いた形跡はないな・・・」
ライフレスが目を見開く。どうやら大変な興味をそそられた様だ。
「・・・エルリッチ・・・計画を一部変更する・・・僕はあの女を連れて帰る・・・シーカー達はお前が適当に追い込め・・・決して全滅はさせるな・・・」
「ご命令とあれば」
「・・・ヘカトンケイル、魔術無効化兵を数体と、一部のオークやゴブリンをこっちに回せ・・・あと例の奴もな・・・」
「あれを呼ぶのでございますね?」
「・・・ああ・・・元々はあのシーカーの王女に見せたかったものだ・・・」
「分かりました」
そう言ってエルリッチが消えると同時に、周囲の建物の影から魔物達が現れ、アルフィリース達を取り囲む。
「アルフィ、囲まれてます」
「わかってる! ミランダ、いける?」
「ああ、当然だ。やられっぱなしじゃ気が済まない!」
「40はいるぞ?」
「数よりも、あの鎧の連中がやばそうだ。特に小柄な連中のほうが」
エアリアルがヘカトンケイルの方を示す。直感でその危険性を認識したのだろう。
「来るわよ!」
燃え盛る森の中、アルフィリース達の戦いが始まった。
続く
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