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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その164~報復⑭~

「目的などないのかもしれない。ただこの街の混乱が見たい、それだけだとしたら」

「馬鹿な。そんなことして何になるっていうんだ」

「何にもならないから良いのだと考えているとしたら――そうか、だからか。だからターラムには常に諍いが絶えず――なるほど。ターラムの支配者は、二人いるのか」

「なんですって?」


 驚くインパルスを放っておいて、レトーアがせわしなく席を立った。既に足は外に向かっている。


「インパルス、私はこの街の最も古い記憶に繋がってみる。そこまでするには力も必要だしあまり必要を感じていなかったが、そうも言っていられない。夕刻までに、なんとしてもターラムの支配者を見つけねば」

「なぜです?」

「ターラムは決して滅びないだろう、相手にそのつもりがないからだ。だがターラムに大きな損害があれば、ターラムを仲間に引き入れることはできなくなる。それはアルフィリースにとって、非常にまずい展開だと思う。それだけは避けねばならない」

「ターラムに犠牲者が出るのは構わないので?」

「私は人間の味方ではない、アルフィリースの味方だ。彼女が人間を守ると言うのなら、当然私もそうするが」


 意地の悪いインパルスの質問に、さも当然といわんばかりにきっぱりと言い切ったレトーア。このあたりはやはり魔剣なのだなと思う。インパルスも、所有者であるエメラルド以外は正直どうでもいい。仮にエメラルドが乱心して仲間にインパルスを振りかざしても、インパルスには何のためらいも後悔もない。だがアルフィリースのことを考えると、少しだけ躊躇されるのはどうしてなのかはインパルスにもわからない。


「ボクはどうすれば?」

「引き続きレイヤーについてくれ。彼が既に勇者の一行に仕掛けている。実力差は知ったと思うが、それでも無茶をしそうで怖いのさ。倒せればいい。だが負けたり、下手に生き延びたりすると、アルフィリースによからぬ難癖を彼らがつけてくるかもしれない。その場合は――」

「・・・いっそレイヤーを殺して手打ちにしろってこと?」


 インパルスの問いかけに、レトーアは微笑んだだけである。


「それが一番良い手段かどうかは君に任せる。できればそうなっては欲しくないが」

「そうだね、レイヤーを殺しても手打ちになるとは限らない。見張ってみるよ、レイヤーが無茶をしないようにね」

「それがいい」


 レトーアはそれだけ言い残して足早に去ったが、魔剣そのものが人間に積極的に干渉するのは珍しい。魔術ですら探知できない過去の事象に接続できるレトーア――レメゲートの能力を使えば確かに全ての事実が明らかになるだろうが、それが正しいことなのかどうか、インパルスには判断がつきかねていた。

 ただこのままでは、ターラムではさらによくないことが起きる。その確信だけを持ち、インパルスはまだ陽の高いターラムを、レイヤーを求めて移動した。


***


「ヤトリ商会が潰れたですって?」

「潰れてはいない。ヤトリが忽然と消えたということだけが確認できた」


 ジェシアは、ターラムの一画で朝の一杯を楽しんでいた。ここは夜の仕事を終わらせた娼

婦や労働者が、朝食を取る場所だ。朝のターラムで営業するその食堂は数が少なく、朝

のターラムにしては珍しく人込みでごった返すその食堂は鉄火場といっても差し支えなく、

隣の人の話し声もろくろく聞こえない有様だ。

 そんな場所だからジェシアが重大な話をしていても、誰も聞いていない。密談にはもって

こいの場所だった。ジェシアはここで、フェニクス商会の面々と定期的に連絡を取っていた。フェニクス商会の一員であることは既に仲間も知るところとなったが、それでも連絡の方法など知られたくないことは、こうやってひっそりとやり取りをしていた。

 もちろん内容は、イェーガーへの補給物資などの連絡がほとんどだ。足りなそうな物資、消耗の早いものはジェシアが全て手回しをしている。イェーガーが遠征先で物資不足に陥らず、飢えることもないのはジェシアの功績でもあった。オークに包囲されたこの状況でさえ、ジェシアはターラム内の物資を巡らせる算段をとっていたのだ。そして最大で1月はターラムに籠城できるだけの準備をしていた。

 そんな定時連絡の際に、突然驚くべき事情を聞かされたのだ。


「どうしてヤトリ商会が? そりゃあヤトリに頼りきりの商会ではあったけど、飛ぶ鳥を落とさんばかりの勢いで成長していたわよね?」

「詳細はまだわからん。今ケイマンやロザンナに探らせてはいるが、商人として道を踏み外したのは間違いないだろう。アルマスの逆鱗に触れたか、ターラムの闇に触れたか。どちらにしても、もう生きてはいないだろうさ。

 既にフェニクス商会だけでなく、他の商会も気付いてヤトリ商会の財産や利権の争奪を始めている。1月も経たぬうちにヤトリ商会はなくなり、1年後にはその存在も忘れられるだろうよ」

「まるで死肉にたかる虫ね」

「もらえるものはもらう、それだけさ。それに他の商人を肥え太らせる理由もない。問題なのは、どうしてここまで早く情報が一斉に漏れたか、ということだ」

「簡単じゃない、殺した奴がばらしたのよ」

「何のために?」

「そりゃあ――」


 そこまで言われてジェシアは返答に詰まった。理由が思い当らないのだ。商会としては大陸で十指にはいる規模の長が死んだのだ。もっている利権や販売経路を乗っ取れば、どれだけ莫大な儲けになるか計り知れない。それでなくとも、ヤトリ商会の本部にある物品だけでも、個人としては相当な資産になる。

 相手は金目的ではない、ならば恨みか。それならば納得もできるが、それにしても用意があまりに周到ではないか。そもそも誰が。恨みを買う先は沢山あるだろうが、ヤトリ商会は武装していることでも有名。ヤトリその人も達人と聞くし、実行できるとなると数が限られた。何より、勇者ゼムスの恨みをかう可能性まで考慮してそこに踏み切る奴らがいるのかと考えた。

 ジェシアは考えをまとめようとして、やはりやめた。



続く

次回投稿は、10/4(火)11:00です。

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