快楽の街、その163~漂泊の女勇者⑤~
「それでも遺跡の謎を求めるのかな? 資格がなくとも、どれほどの犠牲を出そうとも?」
「・・・ええ。私は世に言われるほど立派な人物ではありません。私は知りたいのです。これほどまでに鍛えた私の力で、何ができるのか。私の力で何ができて、何が変えられるのか。鍛えた私の力が無意味でないという証拠になる、形あるものが欲しい。そうでなければ、私は――」
「――そうか。ならばなおのこと、私の団長であるアルフィリースとはつながりを持っておくといいだろう。遺跡を求めるのなら、必ず君たちの道は交わる。その時、君のような戦士が近くにいれば、きっと双方の望みが満たせるだろう」
「アルフィリースが遺跡を求めると?」
「違う、遺跡がアルフィリースを求めるのだ。必ずそうなる」
「どうしてそう言い切れるのです?」
フォスティナの問いにレトーアは微笑んだだけだった。それ以上はフォスティナも聞くことなく、席を離れた。
「また依頼を達成したら、続きを聞かせていただきますか?」
「もちろんだ。その方が互いのためにもなるだろう」
「ひょっとして、私を便利な駒にしたおつもりか?」
「そうではないさ。ただアルフィリースには強力な味方がこれからも必要だ。そして、君にも頼れる仲間が必要だ。いかに強かろうと、単独でできることには限りがある。君もいずれ自分の限界を知ることになるだろう。そうでなければ、今の君のように思い悩んだりはしないだろうからね」
フォスティナははっとした顔を隠したが、レトーアは涼しい顔をしたままフォスティナを見つめていた。
「このターラムで何があったかは無粋だから聞かないよ。だけど困った時には必ずアルフィリースが頼りになる。私もそうだ。君と関わったからには、味方でいたいと思っている」
「・・・あなたが悪い人に見えてきました」
「私は善でも悪でもないよ」
レトーアがにこにこと笑ったので、フォスティナは化かされたような気分になってその場を去った。その後で、レトーアはそっと呟いていた。
「君はもう十分遺跡と関わっているよ、フォスティナ。私と出会ったことがその証拠だ。気づいていないだけで、君には資格がある。遺跡が目の前に現れないのは、まだ今がその時ではないからだ。それにしても、私が悪い人に見える、か。それはきっと当たっているだろうが、そもそも人ではないのだけどね」
「それでもあえて言うけど――人が悪いよ、レトーア様」
席の後ろには、いつの間にかインパルスが座っていた。雷の精霊剣である彼女が単独で行動する時、様々な能力を発揮できることを誰も知らない。主であるエメラルドですらも。たとえば稲妻のように光のごとき速さで動けることも、金属を熱して溶かせることも。聞かれないことにはインパルスは答えないからせいもあるが、その力があまりに大きく、世の中の理に影響しかねないからでもあった。あまりに力を見せつければ、自分自身が争いの火種になることをインパルスは承知している。
インパルスがここに来たのは予定通りだ。インパルスはターラムに入ってから、エメラルドの眼を盗んでレトーアのために働いていた。その報告をしに、こっそりと宿を出てきたのである。今頃エメラルドは宿で気分よく歌い、仲間の疲れを癒している頃だろう。インパルスもいつまでもエメラルドの歌を聞いていたかったが、今はそういうわけにもいかなかった。まだインパルスには、血なまぐさい事態が待っているという予感があったから。
「さて、報告を聞こうかなインパルス。あの悪霊の館に潜入していたのだろう?」
「あなたの命令通り、少年たちを守るためにね。魔術を強引に破るとばれるから、ジェイクやイルマタルの後について潜入したけど、確かにあそこで起きた戦いは確認したよ。何が起こったかは、把握しているつもりだ。ジェイクたちの知らないことに関してもね」
「では本題だ。アルマスが管理し、悪霊の館に保管していたエクスぺリオン――ヤトリ商会が横流ししていたはずだが、それらは失われたのか?」
「いいや、全部バンドラスとかいう盗人が持ち逃げした。だけどバンドラスの足取りは途中で消えた。魔剣であるボクを撒いて逃げるなんて、人間業とは思えないね」
「バンドラスか・・・だがバンドラスはこの街に愛着を持っているはず。エクスぺリオンなど持ち逃げして、どうするというのか。アルマスと対立しようというわけでもないだろうし、いったい・・・」
考え込むレトーアを前に、インパルスがさらに情報を伝えた。
「その件だけど、バンドラスはエクスぺリオンを持っていないよ?」
「なに? では誰が持っているのだ?」
「館を出た後、ある人物にあっさりと渡していたね。どうやっているのかわからないけど、バンドラスは一度に大量の物をこっそりと持ち運べるみたいだ。その能力を利用して、その人物はバンドラスに運び屋をさせたのだろう。
だけど妙だったなぁ。バンドラスがこの街を守るために動いているというなら、あんな相手にエクスぺリオンを渡すはずがないんだけどなぁ」
「だから、誰なのだそれは?」
「それはね――」
インパルスの挙げた人物に、レトーアが目を丸くした。
「――それは本当か?」
「嘘は言わないよ。ってか、あなたに嘘は言えないし」
「いや、だがそれでは・・・待てよ、それなら確かに全ての辻褄が合うのか。だがしかしそれなら・・・いかんな。どうも嫌な予感がする」
「どんな予感ですか?」
「まだターラムの一連の騒動は終わっていないということだ。もしかすると、あの悪霊などよりよっぽど厄介な事態が起きるかもしれない」
「厄介な事態? それは、何が目的で」
インパルスの問いかけにレトーアがしばし考え込むと、首を横に振った。
続く
次回投稿は、10/2(日)11:00です。