快楽の街、その161~漂泊の女勇者③~
「・・・その言葉、本当でしょうね?」
「意向は伝えてほしいと言われているわ。だけど、本当に話す機会があるかどうかは現場の状況にもよるわけだから、依頼主としては必須の条件ではないのかも。依頼主はあまり条件を追加することがどういう意味をもつのか深く考えていないのかもしれないけど、これは狩る側にとっては由々しき事態だわ。仮に失敗しても十分申し訳は立つわけだし、狩った後にでも、『そんな条件は聞いていない』って伝えればよいのではなくて?
もっとも、それはとんでもなく格好悪いことだし、最悪、今夜までに仕損じれば依頼そのものが取り下げられるかも。そうなれば前金だけいただいてさよならできるから、おいしいと言えばおいしいけど、依頼としては失敗なわけよね」
「言われなくても、わかっている!」
三番は苛立ちながら、その場を後にした。もはや一刻の猶予もない。相手を少しでも仕留めやすい場所に誘い出し、なんとかしなければ。三番は、これまで一度も依頼を失敗したことがない。生まれついての能力で、いつも依頼を完璧に片付けてきた。失敗だなんて、惨めな結末は理屈では許されても、自分の誇りが許さない。
だからこそ、焦るような場面に遭遇したことがない。その場を足早に去る三番を見て、後ろでファンデーヌが口の端を吊り上げてわらっていることなど、気付きもしなかったのだ。
***
「フォスティナ、ターラムの支配者の件を聞こうか」
「申し訳ないのですが、レトーア。確たる証拠はつかめませんでした。その代り推理ができるほどの情報は集まりましたらから、それでもよければお話しいたしますが」
「聞こう」
フォスティナとレトーアは、ターラムの支配者の一件を独自に追いかけていた。探索を生業とする勇者フォスティナに探せないものはないと言われている。フォスティナが勇者として認定されたのは、あらゆる史跡、滅んだはずの種族の痕跡、大戦期の遺物などの探索のためである。フォスティナは単独で人類の歴史に大いなる貢献を認められ、勇者として認定されていたのだった。
「まず結論から。ターラムの支配者なる人物は確実にいます」
「その根拠は」
「そもそも都市はあらゆる魔術で守られるものですが、ターラムはその数が異常です。これは都市を守る運営側とは別に、色々な勢力がめいめい勝手に魔術を張ったためと言われていますが、その中に探知阻害のものが多数ありました。この街では失せ物は探すなと忌事のように言われ、またそういった類の依頼をギルドに出すこともご法度のように扱われています。ご存知ですか?」
「ああ、ここでは人身売買が一部で合法化されているからね。いなくなる方が悪い、ただし必要とあれば金の力で解決できるから自分でなんとかしろとまで言われている」
「その通りです。ですから探知阻害はそういった手合いの連中が張ったものと思い込んでいました。ですが、それにしては妙に魔術の仕掛け方が高度なのです」
「高度?」
「そう、熟練の魔術士の領域を凌駕しています。まるで魔術協会直属の誰かか、あるいはそれ以上の人物がいる」
フォスティナの意見に、レトーアは唸った。
「だがこの街の存在意義を考えれば、そういった人物が隠れ住んでいてもよいのでは? 追われないようにそういった魔術を仕掛けたとも考えられる」
「もちろん。ただし、その魔術が数百年に渡って仕掛けられていなければ」
フォスティナの意見に、レトーアが目を見張った。フォスティナはやや興奮した様子で続けた。
「私はその場所に宿る記憶を読む魔術を使えます。珍しくはありますが、魔術協会やアルネリアにも同様の魔術を使う者がいますね。その魔術を使って、ターラムの古い場所から探索を進めました。知っていますか? ターラムが最初に発展したのは、第4街区――最も現在で治安が悪いとされる、あの場所なのです」
「それは――知らなかったな」
「そしてターラムで最も古いとされる建物で魔術を使いました。それ自体は他愛ない記憶を読みとっただけですが、その後第4街区の役場に行って、様々な記録に目を通したのです。すると、面白いことがわかりました。
ターラムでは美を重要視するため、積極的に絵師を育てていました。そのため、当時の役所に勤めていた者や、街の重要人物、それ以外に町人などを大量に描写していました。それらを見るうちに、私が読み取った人物と全く同じ顔と思われる人物が、百年以上にわたって実在していることがわかりました」
「・・・では、その人物が支配者だと?」
「そこまではわかりません。ですがその人物が今も存命なら、それに近い立場にいるのではないかと考えます。私も見たことがある人物です。あなたでも知っているかもしれませんね。もちろん、別の事情があって正体を隠しているただの長命種かもしれませんが」
「私も? そんな人物がいたかな」
「この名前に聞き覚えは?」
フォスティナは慎重を期して、筆談でそこから先を進めた。フォスティナの書き留めた名前に、確かにレトーアも覚えがあったのだ。
「――ああ、その人物なら確かに私も知っている。だが、本当に?」
「問いただす価値はあるでしょう。と、いうか当然なのですよね。このターラムの成り立ちを考えればその可能性が最も高い。誰もが気づきそうで、それでいて誰もが確かめられない。うまいことを考えたものだと思います。
以上が私の推論ですが、役に立ちますか?」
「ああ、役に立ったよ。団長にそっと報告しておこう」
「では報酬はいただけますか?」
「その前にもう一つ、エクスぺリオンのことだ。こちらは私から君に報告させてほしい」
エクスぺリオンは元々フォスティナが追いかけていた。その依頼を中断させたのはレトーアである。彼には責任と負い目があったので、自分の調べたことをフォスティナに報告した。
続く
次回投稿は、9/28(水)11:00です。