快楽の街、その160~報復⑬~
「・・・なんだかやっぱり信じられない話だね。僕がその特性持ちってこと?」
「そうじゃ。お主も感じておろう、自分が他の人間とは全く違うことを。その力は鍛錬でついたものか? 違うな。お主は元々そのくらいの力があったのだ。息をするのと同じように、人間の首をねじ切れるくらいの膂力。多くは大地の祝福を受けた者か、あるいは戦士の特性持ちだが、お主はちと違う。ヤトリと戦って上回ったことといい、儂にもまだ判断がつかん。ゆえに見届けたいと思うのだ。その力がゼムスまで及ぶなら、なお結構」
「事情はわかった。具体的には何をすればいい?」
「依頼はまだ有効じゃ。主な動きはアルマスの三番とあのブラックホークの隊長に任せ、お主は隙を狙う。儂の読みでは、今夜までに決着を付けようと動きがあるじゃろう。オークが先の可能性もあるが、街道警備隊がいつのも働きをしておれば、そろそろオークの軍勢をどうにかしようという動きがあるはずじゃ。仕掛けるなら今夜が山じゃろう。それまで儂が鍛えてやろうと思う。上手くすれば、短時間で飛躍的に伸びる可能性がある」
「なるほど、強くなれるなら手段は元々選ばないつもりだ。その話、受けた」
レイヤーの決断は早かった。そしてバンドラスも自らの申し出が受け入れられると、ニタリと笑っていた。
「すぐにやろう。どこで訓練する?」
「儂の隠れ家の近くに行くか。あそこなら誰にも見られまい」
「一度宿に帰っていいかな? 念のため行き先と、今夜の夜襲の警戒を知らせておきたい」
「あの団長殿なら気付いていると思うが、まあよかろう」
「最後に一つだけ。うちの団にいる他の特性持ちって、誰なの?」
バンドラスは少々躊躇った。自らが特性持ちだと知ると、その成長を阻害することもある。だがレイヤーが余計なことを話すとは思わなかったし、正直に告げた。
「一番幼い神殿騎士と、仲間のセンサーじゃよ。桃色の髪の、盲目の少女よ」
「ジェイクとリサが?」
他にも特性持ちらしき思いつく名前はたくさんあったのだが、ジェイクはともかくリサは意外だった。レイヤーはしばし考えながら、宿に戻ることになり、再びバンドラスの後についていった。
そしてバンドラスは一つ肝心なことも隠した。特性持ちではないが、数奇な運命を持つ者のことを。銀の髪の少女。彼女がいる限り、傍にいる者は遠からず全員死ぬ。この世代での継承があるかどうかは不明であるが、おそらくは銀の一族から遠からず使者が来る。その際、彼女の存在を知る者は全て殺される運命にあるはずだ。もしその運命が覆されることがあるのなら、それはこの少年次第かもしれないと考えていた。
***
「よくよく縁があるわね」
「さて、良縁かどうかはわからないけどね」
三番とファンデーヌは戦いを終えた後、どちらとなく合流して話し合いをしていた。先の戦いで共闘したのは偶然。話をすり合わせてみると、共にダートとアナーセスを狩る依頼を受けていた。依頼主のことは明かさぬ約束だが、相手を手ごわしと見たのでどちらとなく打開策を探したのである。
そして対峙した感想と、作戦を練り始めるのに時間はかからなかった。三番が対戦相手の分析を進める。
「あの魔術士、ダートとか言ったかしら。得意なのは土か金の魔術かしらね。何発かは有効な攻撃があったと思ったのだけど、効いているようには見えなかった」
「ほぼ間違いないでしょうね、ギルドでもそのように噂されているし。だけど、それにしては防御一辺倒で、自らしかける攻撃がなかった。噂では、ダートは残酷な素行とは逆に、好戦的な性格ではないとか。戦っている場面の情報は、非常に少ないけど」
「知名度だけなら傭兵の中でも最高の、勇者の一行でしょう? 何か情報はないの?」
「だいたいの場面で圧倒的すぎて、本当の戦い方は誰も知らないわ。彼らが全力を出すということは、すなわち相手の消滅を意味する。彼らは仲間以外の誰とも組んで依頼をこなさないの。
ただ、相手は放っておいても自滅するとかなんとかと聞いたことがあるけど」
「なるほど・・・魔術で罠を仕掛ける戦い方と仮定すれば納得できるわね。それなら戦い方もある程度想像はつくし、戦う方法はある――もう一人のデカブツはどう?」
「戦士アナーセスね。剛力だけの、猪突猛進。その鍛えられた肉体の膂力は巨人を凌駕し、鋼の武器さえ跳ね返すとか。事実腕を落とすつもりの攻撃が、一時期な痺れ程度にしかならなかったわ」
ファンデーヌの一撃は明らかに自分のより重たく鋭いと三番にはわかっていたが、それがきかないとなると、アナーセスを倒す手段は限られる。
だがファンデーヌの余裕ぶりは相当な物だった。三番はその自信のほどを聞いてみた。
「対策はあるのかしら?」
「あるにはあるわ。だけど、それにはアナーセスと私を孤立させた方がよさそうね。私の能力、全開で使えば周囲も巻き込むから」
「なら、結局別々に戦った方がよいということかしら」
「そうね、互いに知られたくない手の内もあるでしょうし。報酬は半々ってことでよいのじゃないかしら?」
「それで十分よ、私もさっさとこの依頼を終わらせたいし。問題は相手が別行動しているか、させられるのかどうかってことね。強い奴ほど普通は慎重なものだけど」
「その点ならご心配なく。私の魔獣を相手に尾けさせているわ。アナーセスは男娼館にしけこんでいるし、ダートは今宿から出てきたところね。どちらも一人だわ」
つい先ほど襲撃を受けたのに、その余裕はどこから来るのかと三番は不思議でしょうがない。
「・・・馬鹿なのかしら? でも好機ね。私がダート、あなたがアナーセスってことでよいのかしら?」
「それでいいわ。それより、依頼の期限は知っているかしら?」
「期限ですって?」
自分が知らされてなかったことに、三番は驚きの声を上げた。ファンデーヌは続ける。
「私の方が後から依頼を受けたみたいなのね。その際に、おそらくは今晩にも外のオークが動き出すから、やるなら今晩中に仕留めてほしいと依頼主の意向があったわ。成果と二人の死体を依頼主自ら確認したいとのことよ。
風聞で死んだのを聞くなんて満足できない。よほど恨みが強いということでしょうね」
「今晩まで? 狙う方は期限がない方が有利にことを運べるというのに。その優位性を捨てろと?」
「依頼主がお望みのことよ。もっとも相手も相手だし、無理はしなくてもよいのではないかしら。私もやるだけやってみるけど、命を懸けてまで戦うつもりはないわ。適当なところで撤退するつもりだけど。依頼の失敗は評価としては痛いけど、どうせ後ろ暗い依頼だわ。表沙汰にはできないでしょうし」
ファンデーヌはそこまで依頼の重要性を高いと考えていないらしいが、三番はそういうわけにはいかなかった。アルマスは時代にもよるが、ウィスパーと直接やりとりがあるほどの番手にもなると、その人物がアルマスの最高戦力と認識される。その番手を担う人物が失敗するとはどういうことか。役に立たない武器は廃棄されるが、アルマスにおいては人材も同じこと。最悪、ウィスパーに狩られる運命にあった。
三番の能力は特異だが、そもそも暗殺だけならウィスパー1人がいれば事足りる。三番は、断崖絶壁に追い詰められてじわじわと自分の足を置く場所がなくなっていくような感覚を覚えていた。
続く
次回投稿は、9/26(月)11:00です。