快楽の街、その158~報復⑪~
「!?」
「小僧、静かにせいよ」
レイヤーは手の主が少年であったことにも驚いたが、それ以上に背後から口を塞がれたことに驚いた。相手がその気なら、今の行為で首を斬られている。
レイヤーが横目で確認したその顔には見覚えがあった。驚くレイヤーを尻目に、少年は続けた。
「儂の存在を感づかれるわけにはいかんのよ。いちおうあやつらの仲間でもあるでな」
「・・・誰?」
「『盗賊』バンドラス。館でも出会うたが、その節は『商人』ヤトリが失礼したな」
「・・・よくわからないんだけど、彼らの仲間ならどうして僕を助ける?」
レイヤーはバンドラスの手をそっとどけながら、声を潜めて質問した。
「仲間には違いないが、もはや庇いきれんということよ。詳しい話は後にして、まずは逃げるぞい、小僧。アルマスの三番とブラックホークの隊長でも、足止めが精一杯じゃろうからな」
「だけど」
「貴様が来なければ、まだやりようがあったのよ。正面からあの二人を打ち破るなぞ、愚の骨頂。そのために陳腐な誘いで呼び出し、罠にかけるつもりだったのだから。奴らの絶対的な自信と好色さゆえに他愛ない呼び出しに応じたが、さすがにもう罠にはかかるまい。ここから先、奴らを狩るのは非常に難しくなる。そちらにはそちらの目的があったのじゃろうが、台無しにしたのは貴様じゃ、小僧。わかるか?」
バンドラスの説明を聞いて、なおさらレイヤーはバンドラスの手を振りほどいた。
「小僧?」
「なら、なおさら。ここで奴らの戦い方を少しでも見ておく。それが次につながる気がするから」
「ふむぅ・・・それも一理あるか。だが少し距離は取るぞ。やつらの注意がこちらに向けば一瞬で捕まるし、そもそも巻き添えを食うからな」
「わかった」
バンドラスとレイヤーが闇に消えると、残された女達――三番とファンデーヌが構えをとっていた。ファンデーヌの鞭が地面をぴしりと打つと、アナーセスから涎が垂れた。
「なんだ、いたぶってくれるのか? 痛いのは大好きだ。さっきのじゃ物足りない。もっとくれよ!」
「一応腕を落とすつもりで鞭を振るったのですけどね。これは相当聞き分けのない獣だわ。果たして躾けられるかしら?」
「あなた、変装というよりは変身が得意なようですが、何枚皮を剥いだら本当の顔が見えるか教えていただいてよろしいでしょうか?」
「――だから言ったのよ、そろそろこの街を離れたいって。ちなみに、胸と尻は作り込んでいませんからね」
「それは重畳。削ぎ甲斐がありそうだ」
四者がターラムの一角で構え合い、人知れず死闘が開始されたのをターラムの住人はほとんど誰もが気づかなかった。
***
「おかえりなさい」
「――ええ、ただいま帰りました」
エネーマが朝のお茶を優雅に楽しんでいると、爽やかに朝に似合わぬ様子でダートが帰ってきた。いつもそれなりにこぎれいにしている男だが、その衣服は破れ、血がついていた。宿は貸切であるため店主しかいないが、彼もぎょっとした目でダートを見つめていた。勇者一行に手傷を負わせる相手がいるとは、早々思えないからだ。
だがダート本人に手傷はないのか、少々疲労感の漂う顔で朝食を店主に頼むと、エネーマの正面に座っていた。だがエネーマは何を聞くわけではなく、お茶をすすりながらターラムの朝刊に目を通していた。
「あらあら、ギルド長の一人であるコルセンス氏が殺害、金融関係にまつわる陰謀か?――ですって。物騒ねぇ、ターラムって」
「あなたがそれを言いますか。それよりこの体たらくですが、何も聞かないので?」
「全部知っているわよ、ゼムスも含めてね。のらりくらりと躱されたわねぇ」
「ち、性悪女が」
ダートが一瞬吐き捨てるように言ったので、エネーマはさらにからかい甲斐があるとして、言葉を続けた。
「それにしても凡戦になったわね。誰もが手札を封印したまま、決まり手のない戦いを延々と続けた。あの戦いに意味があって?」
「それなりには楽しめましたよ。ですが離脱する隙がなかったのも事実です。アルマスの三番はやるものですよ。私は途中から仕留めるつもりでやっていましたが、ブラックホークの隊長さんも違いましたね。本気でやれば相当な物でしたでしょうが、気のない鞭打ちでさぞかしアナーセスは苛立ちが溜まったのでしょう。今頃娼館にしけこんでいますよ、もちろん男娼専門館にね」
「まぁ、アナーセスのタガが外れる前でよかったんじゃない? アナーセスが本気でキレたら大騒ぎになりますからね」
「そうですね。ですが、私はこのまま引き下がることはできません。アルマスの三番に狙われた、それがどういうことかわかります?」
「一応ね」
エネーマはにやにやとしながらダートを見つめていた。
続く
次回投稿は、9/22(木)12:00です。