快楽の街、その155~報復⑧~
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三番は傷ついた足を引き摺りながら引き上げていた。どうやら追撃は振り切ったようだが、あれほどの速度をもつ二人にこの足で見つかれば、逃げ切ることは不可能だろう。不意をつくならともかく、正面切って戦えばかなり不利なほどの実力者。負けるとも思わないが、苦戦は免れない。
「なるほど、騎士の国の将来を期待された男か。本物は凄いわね、闘技場の女王も」
三番は傷の処置をしながらそんな感想を漏らした。傷は深くないが、全力で走るのはしばらく無理そうだ。痛みを感じないように感覚を調節することはできても戦力の低下は否めないし、血が滲めばせっかくの変身もばれてしまう。それに変身能力を連続で使うのにも、実は限界がある。
あれ以上の変身の連続は無理だったし、本当に間一髪だった。この街では十分依頼はこなしたし、そろそろ一度休暇が欲しいと思うのだが、そんな三番の期待は目の前に現れたウィスパーによって砕かれた。
「三番――手傷を負ったのか?」
「ええ、イェーガーの副長さんと、リリアムにね。もう一回会うのは御免蒙りたいし、そろそろ休暇を申請するわ。でもわざわざ現れたってことは、もうひと仕事なのかしら?」
「悪いがその通りだ、大口の依頼でな。今後ヤトリ商会がいなくなったことを考えると、ターラムでの表向きの商売の口は拡大しておきたい。そのためには欠かせない相手だ」
「依頼主は?」
「黄金の純潔館だ」
「なるほど、大口ね。フォルミネーが動いたのね」
三番も納得した。ウィスパーが依頼を受けるのも納得できる。だが同時に、非常に困難な任務であることも予想できた。相手に知られずに、殺すことをお望みだろう。でなければ、アルマスなどに依頼するわけがない。本来黄金の純潔館は、アルマスとは敵対する立場のはずなのだから。それだけ腹に据えかねることを相手がしたという証明でもある。
「でもそうなると、相手も相当なものよね?」
「そういうことだ――ゼムスの仲間であるダート、アナーセスを始末してほしいとのことだ。今ならオークの群れで、奴らはターラムに滞在している。吊りだす口実はいくらでも作れるだろう」
「ちょっと、とてもどころじゃない大物だわ? 私は直接戦闘はそこまで得意じゃないわよ。あの化け物二人を相手に、手負いの状態でやれってこと? 直接戦闘なら一番か二番を呼んでほしいわ。あるいはあなたが直接出向いたらどうなの?」
さすがに不満を訴える三番相手に、残念そうにウィスパーが告げた。
「それができればそうしているが、全員今は遠い場所にいるのだ。それにこんな状況の都市に入ってくれば、それだけで正体がばれる。それは避けなくてはならない」
「それはもっともだけど・・・相当困難な依頼だということは断っておくわ。何より、私たちが手を下したとわかると、ゼムスがどう動くか」
「わかっている。だから黄金の純潔館も、もう一人依頼を出したと言っていた。必要に応じて協力してほしいと」
「協力? 誰よ」
「現場に行けば、それはわかると言っていた」
「ふーん、誰かしらね」
三番も事情は理解した。間違いなくアルマスにとって利益となる依頼主。働くには十分な理由だし、守秘義務も自分たちなら十分に守り通せる。むしろ我々以外では相手が相手だけに、依頼主としても心配であろう。むしろ、我々と同じように依頼できる相手が他にいることの方が驚きだった。心当たりはあるが、こんなことにまで首を突っ込んでくるかどうかは疑問が残る。
そんな相手にも少々興味が湧きながら、三番はゆっくりと立ち上がると、狩りを行うべく動き始めた。やるなら今夜。明日になれば傷が腫れて動きにくくなる可能性がある。多少性急にはなるが、今夜のうちに仕留めてしまおうと思ったのである。
だがウィスパーの注文はそれだけではなかった。
「もう一つ。この人物に気をつけろ」
「誰?」
ウィスパーが渡した似姿を見て、三番は目を疑う。
「この人・・・なんで?」
「私がここにいないのは、こいつの正体を探っていたからだ。こいつは今回あらゆる勢力の間に立ちながら仕事をしていた。だが、その目的が一切見えん。最初は黒の魔術士側かと思って問いただしたが、奴らは知らんと言い張った。虚言かもしれんが、もし本当だとしたら非常に不気味だ。一体何者で、何が狙いなのか。見つけ次第捕えて目的を吐かせろ。それが無理なら狩れ」
「簡単に言ってくれるわ。この相手、相当な腕前よ? どうしてこんなに今回は難しい仕事が続くのかしらね・・・終わったら特別報酬を用意しといてね?」
「いいだろう。お前は無類の骨董好きだったな? 他所では手に入らないほどの貴重な物を用意してやる」
「頼んだわよ。じゃなきゃ、やってられないわ」
三番が見た似姿はの人物はおそらく、今回の依頼でも顔を合わせることになるだろう。世界が広い分だけ闇も深いのに、裏の世界はかようにも狭いものなのだと三番は今更ながら実感していた。
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「――面白い遊び場がある?」
「おう、さっき小耳にはさんだんだが」
「ふぅん、それってどんなところ?」
ダートとエネーマが夕餉を取っているところに、アナーセスが戻ってきた。彼らには珍しく、静かな一日を過ごした夕刻である。食事を済ませれば、このまま寝てしまおうと考えてるほど穏やかな一日だった。十分にターラムを愉しみ、そろそろ飽きてきた。そろそろゼムスに進言して、外にいるおあつらえ向きなオーク共を殲滅してもよいかと考えた始めていた。
そんな折、アナーセスが面白い話を聞いたという。脳味噌まで筋肉だと自負するアナーセスだが、勘は良い。たまに面白い話を自ら拾ってくるから、これまた飽きない。ダートはいったん失われた興味が、またむくむくと頭を出してくることを自分でもわかっていた。
続く
次回投稿は、9/16(金)12:00です。