死を呼ぶ名前、その4~一瞬の再会~
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「誰か、誰かいないの!?」
「おーい! 生きていたら誰か返事をしてー!」
半狂乱に近い状態で集落の中をかけずり回るフェンナと、その後に続くアルフィリース達。家屋代わりの木は燃え、畑であったろう場所も無茶苦茶である。だがシーカーは誰もおらず、死体もまた見当たらない。
理解しがたいこの状況に、逆にアルフィリースは冷静になるが、フェンナはそれどころではない。
「皆、皆・・・どこなの!?」
「落ち着いて、フェンナ」
「落ち着く? 落ち着けるわけないでしょう、私の仲間のことなのよ!? アルフィには人ごとかもしれないけど」
フェンナはそこまで言ってからアルフィリースの悲しそうな顔に気がついた。アルフィリースとてフェンナほど親身ではないにしろ、人ごとだとも思っていない。フェンナとは、彼女を里に送り届けるときからずっと一緒だったのだから。
「ごめんなさい、アルフィ・・・私、動揺してひどいことを言いました」
「いいのよ、フェンナ。それよりも皆を探さないとね」
「ええ、ありがとう・・・」
フェンナが気を取り直し向き直るのと、彼女達の目の前に黒い影が現れたのは同時だった。
「そこにいるのは誰だ!」
「貴様たちこそ誰だ!」
いち早い反応を見せたエアリアルと、黒い影――シーカーの一団だったが――が互いに弓を構える。弓を構えるシーカーの内、1人が荒々しい声でアルフィリース達を問いただす。
「人間だと? 人間達が何をしている!」
「待って、私達は傭兵よ。大草原を突破してこの集落にシーカーを送り届けてきただけ。貴方達に敵対する気はないわ!」
「嘘をつけ! 大草原を突っ切れる人間など、ざらにいるものか! だいたいシーカーと人間が仲良くできるはずがない。お前達も奴らの仲間だな?」
「奴ら?」
「待ってください!」
フェンナがアルフィリースの前に出る。その姿を見て、シーカー達は驚くが、抗戦の構えは崩さない。
「私はダルカスの森の、ローゼンワークス家のフェンナです。はるばるここまで旅をして参りました。どなたか責任者の方に会わせてください!」
「ローゼンワークス・・・? 馬鹿な、あそこの里は全滅したはずだ! 最近確認した者がいるぞ?」
「ですから、私一人が生き残ったのです」
「俄かには信じれんな。証拠は?」
「証拠はありませんが、それは誰か王族の方に会わせていただければ・・・」
「それはできん!」
全くもって頭の固い連中、とシーカー達を批判もできない。今は戦闘中。その中に何の触れも無く現れ、王族に会わせろという連中を、たとえ同族でも会わせるわけにはいかない。またシーカーにも多種族いるとはいえ、種属によっては見分けがつかないこともあり、ミュートリオの王家に敵対するような勢力もいた。おいそれと警戒を解くわけにもいかないのが、一般兵士の現状である。
また彼らの身分ではダルカスの森で細々と暮らすフェンナ達に会いに行けるわけもない。彼らがフェンナの顔を知らないのも無理からぬことであった。
またフェンナの方も証拠と言われても秘術を見せるわけにもいかず、また魔術の詠唱などしようものなら敵対行動と見られ、問答無用で弓を射かけられても文句は言えない。身につけるもの、といっても元が裸に近いような恰好のシーカーだし、ローゼンワークスの一族には刺青をいれる習慣も無い。刺青はワイルドエルフやスコナーなど、好戦的な種族に多かった。
どうしたものかとフェンナが考え込み、兵士達もローゼンワークスの名前が出たからには問答無用で殺害するわけにもいかず、互いにどうにもならぬ膠着状態になったところ、指揮官らしき男が駆けつける。
「何をしている! 生存者は見つかったのか?」
「あ、ウィラム隊長!」
「ウィラム?」
思わず声をあげたフェンナと、その声に反応したウィラムと呼ばれたシーカーが見つめ合う。
「フェンナ、貴女なのか・・・?」
「ああ、ウィラム! 貴方なのね? よかった、やっと知っている人に会えた・・・」
安堵からか、フェンナの目から思わず涙がこぼれる。矢を構えられていることも忘れフェンナが駆け出し、ウィラムは部下に矢を下ろすように促してからフェンナに駆け寄る。そして2人は手を握り合うと、懐かしむような、愛しい者を見るような、そんな目で互いを見た。
「フェンナ、どうしてここに」
「はるかな道のりを旅してきたのよ・・・彼女達と一緒にね」
フェンナがアルフィリース達の方を促す。アルフィリース達は軽く会釈をし、ウィラムは礼儀正しく礼をした。
「これは我らの姫君がお世話になりました・・・現在は火急の事態にて、丁寧な挨拶、礼はまた後ほど」
「ええ、お気になさらず」
「かたじけない。フェンナ、私は君が死んだものとばかり」
「・・・皆が自分を犠牲にして助けてくれたのよ。お父様とお母様もね。無事に秘術も回収したわ。それよりこの事態は何? 状況を報告して」
フェンナが王女然とした態度に戻る。ついアルフィリース達は忘れそうになるが、フェンナはれっきとした王族のシーカーであり、本来は人を指導する立場にある。彼女自身が飾らない性格なので気にならないが、自分が指示すべき相手を前にして、本来の王族としてのフェンナが現れたのだ。
だが当のウィラムにも状況は分かっておらず、弱々しく首を横に振るだけだった。
「私にもわかりません。急にあちこちから何者かが現れ、気がつけばこの惨状。私は敵の姿を見ておりませんが、第5王子が一隊を率いて戦闘中です。私は部下を連れて、まだ残っている者がいないかどうかを探していたところです」
「長は・・・オルバストフ様は無事?」
「はい、むしろまだあまり被害はありません。北や西ではかなりの死者が出ていますが、それでも最初のことだけで、急襲にしてはまだそこまでの数ではないかと。王族は無事ですし、態勢を整えながら現在は東へと避難を始めております。ただ敵の得体は知れず、あちこちから次々と現れるため、一度態勢を整えるためにも東に脱出を、とのことです」
そこまで聞いてフェンナはやや考え込むが、すぐに考えをまとめる。
「わかりました。では私をオルバストフ様の所に案内してください。まずは長に会わねばなりません」
「承知いたしました。後ろの方々も?」
「もちろんです。彼女達は私の大切な友人ですから」
「なるほど。ではオーリ」
「はい」
オーリと呼ばれた若いシーカーが返事をする。
「お前はフェンナ様達を連れて、先に長にこのことを報告しろ。私はもう少し見回りをしてから向かう」
「承知いたしました。ではフェンナ様、こちらへ」
「ウィラム!」
指示を出してその場を去ろうとするウィラムに、フェンナが思わず駆け寄ろうとするが、ウィラムの手を再び握ろうとして、思いとどまった。
「どうしましたか、フェンナ様」
「いえ・・・貴方が無事でよかったです」
「私も同じです。すぐに私も合流しますので、先に長の元へ行ってください。落ち着いたら、また貴女とゆっくり話がしたい」
「それは私もです。では後ほど」
「ええ」
と、その時ウィラムが何かにピクリと反応し、彼がフェンナを叫びながら突き飛ばすのと、エアリアルがフェンナを引き倒すのはほぼ同時だった。
《圧搾大気》
「「危ない!」」
「え・・・?」
何が起きたのかわからず、なすがままにされるフェンナ。引き倒されるのはゆっくりに感じたのに、フェンナの目の前の光景が真横にスライドするように暴風が駆け抜けたのは一瞬。そして聞こえる、大きな果実が潰れるような鈍い音。
あまりに一瞬だったため、エアリアルに引きずり倒されたフェンナは、何が起きたのかわからない様子だった。呆然自失のフェンナが、目線を暴風が駆け抜けた先に移そうとするが、
「フェンナ、見るな!」
エアリアルがその目をいち早く塞いだ。決してフェンナ見せたくないその光景、それは先ほどまでフェンナと話していたウィラムの見るも無残な姿。彼らは凄まじい勢いの大きな鉄板で叩かれたかのように、住居でもある大木に叩きつけられていた。
家は倒壊するのでなく潰れて変形し、ウィラムをはじめとするシーカー達は、熟れたククスの実がその重量に耐えきれず地面に落ちたかのような無残な姿を晒していた。確か10人前後はいたはずだが、あまりにも粉々になりすぎてもはや確認できない。もちろんウィラムの姿を求めるべくもなかった。
「何が・・・一体何が・・・?」
フェンナは頭ではおぼろげに理解しつつも、心は事実を認めたくない。エアリアルの手を振り払うこともせず、ただのろのろと問いかけるのみである。
「フェンナ、もうウィラムは・・・」
「イヤ! 聞きたくない!!」
「フェンナ・・・」
「・・・ふふ、危ない危ない・・・どうも久しぶりの戦いは興奮していけないな・・・力加減ができなくて困る・・・肝心の王女様を潰してしまうところだった・・・」
半狂乱になりかけるフェンナをエアリアルがなだめる暇も無く、姿をゆっくりと現したのはライフレス。肩には何か黒い袋を担いでいる。その姿に真っ先に反応したのはリサだった。
続く
次回投稿は2/12(土)12:00です。