快楽の街、その154~報復⑦~
「貴様たちが知る必要はない、次の大陸平和会議で明らかになるだろうさ。メイヤーで私は新たな時代の潮流を感じたのだ。アルネリアはもう古い。彼らに変わって新たな時代の主となるべき人物がもう出てきている。既に大陸の東では有名だが、女傑シェーンセレノ。彼女こそが新たな時代の主となる。アルマスと黒の魔術士の庇護の元、シェーンセレノが大陸を導くのだ!」
「訳の分からないことを言う。黒の魔術士とは人間の敵だぞ?」
「ふん、果たしてそうかな? アルマスが本当は何のために設立されたか、考えたことはあるか? 黒の魔術士が何の目的で動いているのか知っているのか? 私が考えるに――」
「もういい、さっさと馬車に乗れ。御託は詰問所で聞いてやる」
リリアムは苛ついたのか、馬車の壁をなぐるとコルセンスをさっさと中に押し込んだ。一応コルセンスの立場に配慮して中の見えない造りの馬車だが、逃げることは決してできないほど頑丈さを誇る。実質、移動できる牢屋のようなものだ。
だがコルセンスは馬車の中に押し込められる前、最後の余計な一言を吐いた。
「こんな売女に偉そうにされるとはな――さっさと裏闘技場で犯され殺されていればよかったものを! あの時の貴様の悲鳴と言ったら――」
その瞬間、コルセンスの右耳が飛んだ。
「ひゃあああ!」
「――もう一度言うぞ、黙って馬車に乗れ。私の腹の中は、最初からここにいる誰よりも煮えくり返っている。こうやって貴様のようなクズをわざわざ護送をするのは、貴様の今までの功績とお前の家族に配慮してのことだ。ターラムは来る者を拒まないが、敵対する者には厳しい。家族はこのまま別の場所に移送するが、お前は私の仕事場に来てもらう。どうやら詰問に対する手加減はできそうにもない。私が詰問した人間はすべからく、全員が真実を吐く。その意味がわかるか?」
コルセンスは血の滴る右耳を抑えながら、こくこくと頷いた。既に胃に穴が開きそうなくらいの精神的負荷を感じていたコルセンスは、言われるがままに馬車に乗り込んだ。この後この程度ではすまない責め苦があるだろうが、今はそれどころではないだろうし、血を見るような現場にいなかったコルセンスでは、リリアムの言ったことの一割も正確には理解できていまい。顔に唾を吐きかけられたカサンドラでさえ今後のコルセンスの運命に同情しながら、馬車の扉に鍵をかけていた。
「馬鹿なのはどっちなんだかな――リリアムを本気で怒らせるとは」
「とりえあずちょっと落ち着けよ、リリアム。殺気が漏れすぎて馬がびびっちまってる」
「――ええ、そうね。ところで貴方は私の殺気を感じても驚かないのね」
リリアムがため息をつきながらラインに質問すると、ラインはあっさりと答えた。
「大陸で一番怖い女を知っているからな。それに比べりゃあんたなんて女神みたいなもんだ」
「あら、口説いているの?」
「そんなつもりはないがな、美人は好きだぜ? 一晩お相手願えるなら、ぜひとも。黄金の純潔館にゃいない種類の美人だからな、あんた」
「ふふっ、イェーガーにはいい男が沢山いるわね」
「おいおい、俺以外にも誰か目当てがいるのかよ?」
「将来的には、といったところかしらね」
リリアムは少し前に自分の館に侵入してきた少年を思い出したが、その瞬間違和感と血の匂いに気付いた。同時にラインも。そして少し遅れてカサンドラも気付いた。
「おい、これは――」
「ええ、まさか――カサンドラ!」
「おうよ!」
カサンドラが鍵ごと馬車の戸を怪力で引きちぎった。すると、そこには先ほど乗ったはずのコルセンスが胸を貫かれて死んでいるではないか。血の匂いは気のせいではなかったのだ。だが殺気や悲鳴はなかった。やったのは相当手練れだが、一体どうなったのか。カサンドラとリリアムが怪訝に思い近づいてコルセンスと馬車を調べたが、中に異常は全くなかった。
「一体どうやって・・・?」
「なんだよこりゃあ。これじゃあ手掛かりも何もないじゃねぇか」
「・・・そうだな」
ラインが同意しながら、リリアムに目配せした。そっと剣を抜いたラインの意図を察し、リリアムはするすると足音もなく移動する。そしてラインがカサンドラの背後からそっと馬車に近づいた。
「カサンドラ、そのままだ」
「あん?」
カサンドラわけもわからず馬車をのぞき込むようにした体勢のまま振り返ると、ラインの鋭い突きが、カサンドラの脇の間をぬうようにして馬車の天井に刺さった。そこは丁度コルセンスの斜め上だったが、ラインの剣の先から血がつたって落ちてきていた。
「なっ・・・んだこりゃあ!?」
「カサンドラ、天井をぶち破れ!」
「お? おうよ!」
ラインの言葉にわけもわからずカサンドラは天井に向けて拳を振り上げたが、一瞬早く天井が逃げた。いや、正確には天井に化けたアルマスの三番が。三番は変身を解きながら肩口を押さえ、顔をしかめていた。逃げ足は速く、ラインが追撃する時には既に距離を取ろうとするところであった。だがその傍にいち早く回り込んだリリアムが迫る。
「逃がさないわ」
「ふん、捕まえてごらんなさい」
リリアムの剣が煌めくも、その全てを三番は受け切って逆に飛び際にリリアムに蹴りを入れた。だがその際にできた隙に、ラインが一瞬だけダンススレイブの力を使い、三番との間を詰める。異常なまでに速いラインの踏み込みに危機を覚え、三番の眼が見開かれ――
「シィッ!」
ラインの剣が三番の足を斬り裂いた。だが足を切り落とす勢いで放たれたにも関わらず、剣は途中で止まった。三番の足が途中で金属に変身したからだ。斬りつけられた反動を利用して、三番は窓を破りながら近くに民家に飛びこんだ。
「逃がすか!」
ラインはすぐさま追い縋ったが、既に三番の姿はなく。地面の血の跡を追ったが、血の跡は壁へ、そして天井へ。そのまま二階の天井を伝って別の部屋に入ると、そこの窓が開いて風が吹き込んでいた。外は既に夜の帳が下りており、明かりも満足にない場所ではこれ以上の追撃はままなるまい。
「変身したまま移動できるのか。ぬかった」
「逃げられたのかしら?」
「ああ」
ラインを追いかけてきたリリアムが剣を収めるところだった。部屋に入る風にリリアムが髪をかき上げる。
「ごめんなさい、捕まえるつもりで剣を振るってしまった。殺すつもりで振るうべきだったわ」
「予想以上の手練れだった。正面から切り結んでも相当苦戦するうえ、あの手際、機転、能力。仕留められなかたのは惜しまれるが、しょうがないな」
「どうしてわかったのかしら? 私は全く気が付かなかったわ」
「傷の角度、向き、不自然に血の飛び散っていない天井。あれだけ血が飛び出る箇所を刺せば、苦痛で必ず暴れる。うめき声すら漏れないとなると、刺した奴はコルセンスの口を押さえながら刺したはずだ。まさかとは思ったが、不自然すぎるぜ」
「なるほど」
「もっとも、透明な奴でもいるのかと思ったせいで、少々剣が浅くなったんだけどな」
「?」
「こっちの話だ。しかし――」
厄介なことになったと思った。証拠があるからコルセンスの罪は決定的だが、これ以上の手がかりがなくなった。ターラムの協力者は倒したかもしれないが、根本的な解決――おそらくアルフィリースが考えた通りにはならなかったとラインは確信していた。
また、あんな能力を持った暗殺者がいると思うと、うかうか自分の部屋の椅子に腰かけることもできないと思うのだ。なんとかして仕留めなければ。そうラインは考えていた。
続く
次回投稿は、9/14(水)12:00です。