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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その151~報復④~

「ルヴェールです。ラーナ殿をお連れしました」

「どうぞ」


 戸を開けた中には何人かの娼婦がいた。おそらくはラニリと仲の良い者だろうが、一人はプリムゼだった。そしてその傍にはなぜかゲイル、エルシア、レイヤーがいた。彼らは年の近いプリムゼとこの前の夜から仲良くなったのだが、たまたま朝方傭兵団の使いとして黄金の純潔館に出向いたエルシアにゲイルが同行し、レイヤーは巻き込まれた形だった。彼らは使いのついでにゲイルがプリムゼを探して館内をうろうろしているうちに偶然出会ったわけだが、事情も話さずさめざめと泣き続ける彼女をどうしたものかと途方に暮れていたのだ。

 そのプリムゼは肩を震わせ泣いており、エルシアとゲイルが困り顔で慰めていた。ゲイルがそっとプリムゼの肩を抱こうとしたが、エルシアの肘が見事にゲイルの鳩尾をとらえ、悶絶するゲイルとプリムゼの間に入るようにして、エルシアがプリムゼを慰めていた。そして今ラーナがここに出現したことで、ベッドの上で布をかけられている人物が誰か想像がついた。エルシアとレイヤーは顔を見合わせたが、今さら部屋の外に出る機会を失ってしまった。

 ラーナは部屋を見渡して事情を把握すると、プリムゼに歩み寄った。


「事情をお聞かせ願えますか」

「・・・っ、すみません、すみません。私が不甲斐ないばかりに」

「謝罪は後で。まずは正確に何が起きたかを教えてください」


 ラーナの毅然とした態度に救われたのか、プリムゼは涙をこらえて話し始めた。昨夜お使いに出た際、霧の中で男二人組に遭遇したこと。明らかに危険な気配を発する二人を見て、ラニリがプリムゼを逃がしてくれたこと。そしてプリムゼは逃げる最中に足を挫き、なんとか黄金の純潔館まで帰り着くも、霧もあって予想以上に時間がかかり、応援が駆け付けた時には既にこと切れたラニリがいただけだったと。そして娘にと渡されていたピアスをラーナに震える手で渡すと、プリムゼは泣きじゃくって話もできない状態となってしまった。

 どうして布を全身にかけて死に顔すら見えないのかと問いかけると、そこからは別の娼婦が代わりに言葉をつないだ。それはギルド長会議の時にフォルミネーの後方に控えていた二人だった。彼女たちはおとなしい方がエステラ、勝気な方がオリガと名乗った。オリガとエステラは説明した。


「とてもではないが、見れるような死に方をしていなかったからだ。長らく人の欲に接した私たちだが、これは異常だ」

「まともな精神の人間の仕業ではないわ。私たちでも夢に出てうなされるほどの無残な死に方。他の娼婦に見せるわけにはいかないわ。特に、親しかった者や、娘である貴女には」

「見ればお前は憎しみに囚われるだろう。おそらくは、人生が変わるほどの。それは許容できない」


 その説明にラーナはため息をついた。


「そうですか。ですが正直私にとって母の記憶というものは非常に曖昧です。優しかったような記憶もありますが、再度出会った時は娼婦でした。別段あなた方を差別するわけではなく、一体何をしているのだと・・・その誤解もルヴェールのおかげで一部解けましたが、私にしてみれば、やはり納得のいかぬことの方が多い。死んだと言われても実感がないのが正直なところで、あまり悲しくも悔しくもないのです。せめて私なりの方法で祈らせてくれませんか」


 ラーナの申し出にオリガとエステラは渋々頷いた。そしてラーナは緩やかに近づくと、膝を折る振りをして一気にベッドに近づき、ラニリにかけられた布を剥ぎ取った。オリガが阻止しようと手を伸ばしたが、ラーナが袖に仕込んでおいた闇色の蛇につかまり思うように手が伸ばせず、エステラは止められないとわかったのか、プリムゼに覆いかぶさって何も見せないようにした。

 そしてラーナは布を剥ぎ取ったことを、心底後悔した。そこには人の姿はなかった。あったのは、加工された肉片。人に似せた蝋人形を作ろうとしたが失敗したので、やたらめったらに叩き潰したのではないかというくらいの肉塊だった。ラーナは膝からすとんと崩れ落ちたが、そのせいでラニリだった者が間近に見えてしまった。

 頭髪は半分が力づくで剥ぎ取られ、代わりに針がこれでもかと密に刺してあった。左目はなかったが中には焼けた鉄が流し込まれ、かきまぜた後があった。右目には憎悪をとどめたままの目に釘が撃ち込まれていた。それだけでない。表情は強制的に笑わせられたのか妙な形に引きつっていたが、その表情を固定するように縫い合わせた釘が打ち込まれていた。そして綺麗に半分は憎悪の表情が残っていた。笑みと憎悪が半分ずつ同居する表情。そんな表情をラーナは見たことがない。

 頭の部分から下は見ることができなかった。そちらもより無残に何事かを行った痕があったのだが、見ることを意識が拒否した。一つわかったのは、これをやった人間は間違いなく徹底的に楽しんだということ。それも時間をかけて丁寧に丁寧に、じっくりとラニリという女性の苦痛を楽しんだのだろう。ラーナはどれほどそうやってへたりこんでいただろうか。確かに魔女の長い人生でも一生忘れることがないであろう光景を脳裏に焼け付けたあと、ラーナはふらりと立ち上がった。ピアスを握る手に力が入りすぎ、血が流れていた。そしてまず行ったのは、この感情を爆発させることだった。


「う、う、うわぁああ――」


 だが大絶叫をしようとした直後、ルヴェールの手刀がラーナの後頚部に落とされ、ラーナはそのまま気を失った。崩れ落ちたラーナを受け止めると、ルヴェールは深く目を閉じてつぶやいた。


「だからあれほど見てはいけないと――お姉さま方。ラーナ殿を頼めますか? プリムゼも休ませた方がよいでしょう」

「・・・そうだな。すまない、油断した」

「起きたことはしょうがありません。それよりそちらも――」

「こっちは大丈夫」


 レイヤーは素早くゲイルを後ろからこづいて倒れさせ、エルシアの上から覆いかぶせていた。そのおかげで二人はラニリの死に顔を見ることはなかったが、レイヤーはしっかりとその死にざまをラーナよりも見つめていた。

 そして布を再度かぶせるふりをして、そのラニリの体臭をそっと嗅いだ。人間とは少し違う、どことなく甘い匂いのする体臭。なるほど、ただの人間のそれとは違って特徴的だとレイヤーは理解した。

 そして何事もなかったように振るまったつもりだったが、その表情をルヴェールに指摘された。



続く

次回投稿は9/8(木)13:00です。

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