快楽の街、その145~快楽の女王㉚~
「燃えろぉおお!」
イルマタルの吐いた業火が、ジェイクの前を塞ぐ魔王たちと肉壁を一息に焼き尽くす。間髪入れず、そうなることを知っていたようにジェイクが突撃する。炎を巻いて突進するジェイクが炎に目の眩むリビードゥの傍を通り過ぎ、背後の十字架を突き刺した。すると、フォスティナが絶叫と共に、ぐらりと倒れる。レイヤーはフォスティナを抱えるとイルマタルの後ろに一瞬で運び、そこで横たえた後に再び剣を構えた。打ち合わせたわけではない、咄嗟の連携だった。
「イル、ジェイクを援護!」
「まだ魔王が沢山いるよ?」
「それは僕が引き受けた、厄介なのはあっちの方だ。最悪、あれを倒さない限り、永遠に終わらない可能性もある」
「わかった、じゃあ任せるね」
イルマタルはレイヤーが斬り込んだ血路からジェイクの元へと駆け寄ったが、既にジェイクが片膝をついていた。
「ジェイク!」
「来るな! こいつ、強い!」
「今更何を言っているんだか。悪い女はしぶといものよ?」
リビードゥの手には薙刀。ジェイクには見たこともない武器だったが、リビードゥは器用に使いこなしてジェイクを一方的に攻撃していた。
「あまり見たことがないでしょう? 東の大陸の武芸なのよ、ナギナタとか言ったかしら?」
「なんでそんなものを使えるんだ?」
「当時の娼婦にとって、武芸は嗜みを超えて必須だったわ。当時は治安も今よりはるかに悪かったし、乱暴してくる客も娼館の性質上多かったしね。首を絞められるのは気持ち良いのだけど、死ぬまでされるわけにはいかないから。加減を知るのは武術を学ぶのが一番だし、いざという時には一人で男を組み敷けるくらいには強くないといけなかったのよ。これを選んだのは、ただの偶然。主に女性が使う武術があるっていうから、興味を惹かれたのね。でも、他にもいろいろ使えるわよ? と、坊やには関係のない話かしら」
「魔術も嗜みか?」
「こっちは趣味よ」
リビードゥが手をかざすと、衣服の隙間から闇色の蛇が多数出てきた。ジェイクが襲いくる蛇を斬り飛ばすが、蛇の数は際限なく出現する。イルマタルが援護に行こうとするが、リビードゥの手がもう一本ぬうっと生えて、イルマタルにも手を向ける。
「怯えなさい、《迷走する恐怖》」
イルマタルの前に笑う血まみれの顔が複数出現する。彼らがけたたましい笑い声をあげると、イルマタルは腰を抜かしたようにすとんと膝から崩れ落ちた。精神混乱の作用を及ぼす魔術。魔術を使うイルマタルなら本来防御、あるいは数秒で回避できる類の魔術だが、魔術戦の経験がないイルマタルでは咄嗟の防御も間に合わない。敵前で無防備な姿を晒すイルマタルに、リビードゥが標的を変えた。
「あら、好機」
「させるかっ!」
ジェイクの剣が一閃し、イルマタルに伸ばされた腕を断ち切る。リビードゥが飛ばされた腕を見てニタつきながら、さらに腕を増やした。
「なんだそれ!」
「悪霊に決まった形は本来ありませんからね。こんなことも可能だわ」
「いくらでも斬ってやる」
「そのたびに増やしてもいいのよ?」
増やした二本の腕に握られた短剣とサーベルがジェイクを襲う。周囲の壁には武器が溢れるほど置いてある。ただの恐怖を煽りたてる拷問器具か飾りと思っていたが、こういう使い方をするとは予想していなかった。
ジェイクは間合いを離さない。離せば再度薙刀の間合いになるが、対峙したことのない武器への対応よりも、二刀が相手でも見たことのある武器とやり合う方がマシだった。
ジェイクは互角に戦っているように見えたが、まだリビードゥには余裕があった。視点を魔術で切り替え、天井からジェイクの背中を狙う。ただこの接近戦だと、手を増やす暇もない。何でもできるような表現をしたリビードゥだが、一度に出せる手の本数には限界があるし、長さにも限りがある。まして使うのはリビードゥの意識なのだ。意識を増やすことはできない。
「(ち、膠着状態ね・・・あら?)」
リビードゥが気付いたのは、イルマタルがいまだに膝をついたままだということ。簡単な精神混乱の魔術がそれほど長く効くわけがない。さらに目を凝らせば、イルマタルがうつむいたまま、何かを唱えているのがわかった。
「娘、何をしているの!」
「・・・にて束縛せよ。《光縛鎖》」
地面から出現した光の鎖が、リビードゥを絡めとる。腕も一瞬動きを封じられるが、リビードゥは素早く一度腕をひっこめ、再度腕を出現させることでジェイクに斬りかかろうとした。
武器がジェイクを斬りつける刹那、今度はイルマタルが氷のブレスを吐いて短剣とサーベルを凍らせた。リビードゥの武器はジェイクを斬るのではなく叩きつけるだけとなり、致命傷を与えるに至らなかった。そしてまたジェイクも、こうなることをわかっていたかのように剣を構えていた。
続く
次回投稿は、8/27(土)14:00です。