死を呼ぶ名前、その3~侵攻~
「だって、ニアはいつもグルーザルドの自慢をよくしてたと思うけど」
「ああ、確かに祖国は誇りだが、私個人の誇りではなかったような気がする。よく考えるとーー私は両親が軍人だったから、昔から軍には憧れていた。いつか自分も軍に入って両親のように活躍したい、国のために尽くしたい、と。その気持ちに偽りはない。だが軍に入るのはもっと後だと思っていたのだが、父が再婚したことでなんだか家に居づらくなってしまってな」
「継母と仲が悪かったの?」
「いや、むしろ仲はよかった。継母は御近所のお姉さんだった人で、幼い頃はよく遊んでもらったし、むしろ好きだったと思う。でも、なぜだろうな・・・母が亡くなってからすぐに再婚した父に納得がいかなくて。もう母さんのことを忘れたのか、母さんが生きている時から互いにそんな感情を抱いていたのかとか考えると、どうにもやりきれなくなったんだ。それで家にいづらくなって、家を飛び出る形で軍に入った」
アルフィリースが抱いた事のない感情である。アルフィリースにニアの思いは想像もつかないが、複雑な心境になりそうなことは想像がついた。沈黙するアルフィリースの隣で、ニアはさらに続ける。
「最初は何の疑問も抱かなかったし、それでよかったんだ。だがアルフィ達と一緒に旅をするようになって、友達がいたらこういう感じだろうか、私は今まで友達も作らず何をしていたんだろう、本当は何がしたいんだろうと考えるとな・・・私は、軍にいるのは間違っているんじゃないかと思い始めているんだ」
「そっかぁ・・・」
ニアが膝を抱えて小さくなっている。彼女自身も、今まで抱いた事のない自分の感情に戸惑っているのだろう。
「じゃあニアはどうしたいの?」
「わからない・・・でもこのまま軍に戻るのは違う気がする」
「じゃあ辞める? それなら私と一緒に旅してみることもできるし、カザスと一緒に暮らしてみるのもいいわ」
「もし私がそうしたいって言ったら、アルフィは歓迎してくれるか?」
おそるおそる尋ねるニアに、アルフィリースは顔を輝かせて首肯した。
「もちろんよ! 私もフェンナやエアリアル、ユーティと別れるとか考えると、ちょっと寂しかったのよ。これ以上ニアもなんて・・・それは嫌よ」
「アルフィは意外と寂しがり屋だな」
「あ、私を何だと思っているのかしら?」
むくれるアルフィリースの顔を見て、ニアが笑う。
「ふふ、すまない。だがカザスは私が押しかけたら迷惑にならないかな・・・?」
「その辺は大丈夫じゃない? 意外とカザスは懐が深いと思うわよ」
「確かにな・・・最初に告白された時はどうかと思ったが、話してみると存外話しやすい。話は中々面白いし、私の話もよく聞いてくれる。無駄に威張り散らしたりもしないし」
「確かにね。最初が最初だったから嫌な奴かと思っていたけど、一度知り合うと結構話せるわ。ただカザスは非常に合理的かつ論理的に出来ているってだけで、悪い人間ではないものね。まあ偏屈だからわかりにくいと思うけど」
「それに意外と優しいぞ? この前なんか・・・」
「あら、惚気はやめてよね」
「ち、違う!」
ニアが顔を真っ赤にして慌てて否定するが、その様子がおかしくて思わずアルフィリースは噴き出した。つられてニアも笑う。
「ふふふ・・・」
「ぷっ、あはは」
思わず笑い出した2人だったが、ニアはまだ胸に引っ掛かるものがあった。確かにグルーザルドに戻るのは違う気がしたのだが、今のままアルフィリースやカザスについて行くのも違う気がするのだ。ではどうしたいのかといわれると非常に困るのだが、どうにもニアには説明がつかなかった。自分がこんな複雑な感情を抱く生き物だとは、ニア自身も思っていなかった。
それはきっとニアの軍人としての人生と、初めて感じた友情と、その心に芽生えた淡い恋心との葛藤だったのだろうが、ニアにとっても初めての気持ちを上手く説明できるほど彼女は弁に長けてはいなかったし、経験も足りなかった。
そんなもやもやした気持ちにニアがまだ戸惑う中、ふとアルフィリースが険しい顔をしている。何かに気付いたように、外に意識を集中しているようだ。
「アルフィ、どうした」
「何か・・・感じない?」
「いや、私は何も・・・」
「・・・・・・やはりおかしいわ。ニアはここにいて」
そう言ってアルフィリースは外に歩いて行く。ニアが心配そうにその後ろ姿を見送るが、アルフィリースは注意を払いながらもとりあえず外に出る。
「(なんだろう・・・胸騒ぎがする)」
だが外には竜巻が数本見えるばかり。どれも遠く、影響は無い。空には雲がほとんどないが、星もあまり見えない。
「星があまり見えないのね・・・え、見えないですって!?」
明かり一つない大草原で、星が見えないのはおかしな話だ。いつもファランクスの元にいた時はかなりはっきりと見えていたのに。そういえば、いやに外が明るくはないだろうか。
アルフィリースは地面に掘ってある洞穴から飛び出し、自分の背面にあたる方角を見た。その顔がみるみる青ざめる。
「どうしたアルフィ、何があった」
奥から心配したニアが声をかける。
「ニア! 皆を叩き起こして!!」
「何だ、何があった!?」
「森が燃えているのよ!」
アルフィリースの視界に映る光景。それはこれから向かうはずのシーカーの集落がある方向の森が炎上する光景だった。
***
ちょうど同じ頃。シーカーの集落は悲鳴と絶叫に包まれていた。シーカーの集落、住人達はミュートリオと呼ぶその集落は、ほんの数刻前まで平和そのものであった。
ここ何カ月かは魔獣の襲撃も無く、大草原に住む人間達との関係も良好のままであり、またシーカーには珍しく、毎月のように新しい生命が誕生していた。これは良い予兆だと、集落全体が盛り上がっていた矢先だったのである。
その集落に四方八方から突然攻めてきた者がある。最初は人間だとシーカー達は考えたのだが、腕を吹き飛ばしても前進を止めないもの、魔術が全く効かないもの、巨大な生物とも何とも説明のつかないもの、さらにはオークやゴブリンなどが多数来襲し、シーカー達が今まで組み上げている外敵用の戦術が効かない者ばかりだった。いまや集落は完全に混乱のるつぼと化していた。
「うわー! なんだこいつらは!?」
「魔術も弓も効かないぞ!?」
「誰か、誰か! 私の坊やがまだ中に」
「誰かこっちを手伝ってくれ! 下敷きになってる奴がいる!!」
「北側は塞がれている! 脱出口を探せ!!」
「西もダメだ!」
「あの巨大な化け物はなんだ!? 見たことも無いぞ」
「誰か王に連絡をしろー!」
「落ち付け、皆の物!」
絶叫に包まれる集落に、凛とした声が周囲に響き渡る。何人かの屈強な若者を従え姿を現したのは、身分の高そうなシーカーだった。色彩鮮やかな衣服に身を包み、腰には剣を佩いている。彼はこの土地を統べる王族の1人であり、戦う者を指揮する立場にあった。
「これはチェザーリ様!」
「敬礼も挨拶もいらん! 状況を報告しろ。敵の規模は、攻めてきている方向は?」
「わかりません。とにかく数が多く、全方位から攻めてきているとしか」
「馬鹿な、どこから現れたのだ」
「・・・転移で運んで来たんだよ・・・」
全員がその声にはっとする。声の主を確認してまたシーカー達は驚いた。炎上する家屋を背後に立っているのは幼い少年だったのだから。いつからそこにいたのか、その佇まいの不気味さにチェザーリも息を飲んだ。
「馬鹿な、転移だと? これだけの数をか」
「・・・まあこの数を運ぶのはさすがに力を使ったけどね・・・手伝ってもらったし・・・ただ近くから転移すれば魔力は節約できる・・・だから何回か転移は使用したし・・・こういう方法もある・・・」
【召喚】
その声と共に少年――もちろんライフレスである――の周囲には多数の魔法陣が展開され、そこから巨大な生物が何体も現れてきた。その光景を目の前にし、武器や魔術を準備するシーカー達。
「何者だ!」
「・・・その前に一つ聞きたいんだけど・・・」
「?」
「・・・君達は・・・自分の家畜・・・例えばブタやヒツジを殺す時にいちいち名乗るのか?・・・」
瞬間、シーカー達の顔が怒りの色に染まる。だがライフレスは平然と、いや、ライフレスには珍しくその顔が楽しそうに歪んでいく。
「あれを子どもだと思うな! 殺せ!」
「・・・やってみな・・・」
互いのその声をきっかけに、激しい戦闘が開始された。ミュートリオが炎で、血で、赤に染まっていく。
***
「急いで、皆!」
「待て、アルフィ。あまり急いでは危ない!」
「エアリー、そんなこと行っている場合じゃないの! 早く行かないと、全てが手遅れになるわ!」
「エアリー、私からもお願いします!」
真っ青なフェンナがエアリアルに懇願する。フェンナにしてみれば、またしても自分の故郷となるべき場所が焼かれようとしてる。もうこれ以上の仕打ちに、フェンナは耐える自信がなかった。集落に着いた時にもし全員死んでいたら。嫌な考えばかりがフェンナの頭に浮かぶ。
一方で比較的冷静なエアリアルの脳裏に浮かぶのは、この火災の原因。大草原に火を使う魔獣がいないわけではないが、余程のことにならない限り、森の中で火を使う馬鹿な獣はいない。自分達の住処を焼くような野生の獣はいないのだ。そんな馬鹿な事をするのは人間くらいだとエアリアルは思っていたが、まさかどこかの部族がシーカーの集落を襲っているのではと考えたが、シーカーの里を襲撃するなどどう考えても無謀である。
火の勢い、大きさも普通ではない。
「(魔術、か? にしてもシーカー達が自らここまでやるはずはなし、一体誰が)」
エアリアルにも明確な答えは無く、ただ得体の知れない疑問と不安だけが心中に渦巻いていた。
ほどなく集落近くに到着するアルフィリース達。不思議な事に逃げ惑う動物、魔獣、シーカーにすら出くわさない。さらに不可解なのは、集落には南西の方向から近づいたが、南にはあまり火の手が無く、北と西に火の手が強かった。外から集落に近づいた外敵があれば、最も大草原に近い南西が燃えているのが普通なのだ。とはいえ火の手があることには変わりなく、火を避けるように南から東へぐるりとまわりこもうとするアルフィリース達。
「フェンナ、入口は?」
「結界さえなければ、どこからでも入れるはずです!」
「結界は無事に作動してるよ!?」
「え?」
アルフィリースの一言にフェンナが驚く。このミュートリオの結界は、フェンナの里の10倍は強力な結界で守られている。また1つが消えても他の結界が補修するため、効果は半永続的である。事実この結界が完成してからは、ミュートリオは一度も外敵の進行を許していない。だからこそシーカーが安心して引きこもってしまうのかもしれないが、今そのことを非難してもどうなるものでもあるまい。
だがフェンナはミュートリオが炎上していることで結界は消えているものとばかり思っていたのだが、結界が消えていないとすれば、考えられる可能性は――
「これは・・・もしかすると?」
「フェンナの里の状況と似てるな・・・」
「中に入りましょう!」
「あ、待って! フェンナ!」
フェンナは叫ぶが早いか、馬から転がり落ちるように結界に走って行った。止める暇も無かったので、やむなく全員がフェンナの後に続いた。そしてフェンナが何かしら結界の近くで呟くと、結界が一部開く。
「皆さん、早く!」
「いえ、もう少し状況を見てから・・・」
「なら私だけでも行きます!!」
「あっ・・・たくもう!」
勇んで結界の中に飛び込むフェンナを止める間も無く、全員がミュートリオの中にかけ込んで行った。
続く
次回投稿は2/10(木)12:00です。
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