快楽の街、その142~快楽の女王㉗~
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「これは・・・」
「どう考えても幻だけど」
「キレイだね~」
イルマタルがのんびりとした感想を述べたが、内心はジェイクもレイヤーも同じだった。この花畑は美しい。優しい風にそよぎ花びらが散る様も、ほのかに鼻をくすぐる花の匂いも、柔らかな陽射しも。何なら、こんなところでずっと過ごしていたいと思えるほどに、その花畑は魅力的だった。罠だとわかっていても、心地がよかったのだ。
だがその安寧を、一息入れてジェイクが剣で斬り裂いた。花は儚げに散り、花畑は一瞬で味気ない石畳へと姿を変えた。今の今まで楽しんでいたのだろう。血の滴る人間が収まったままの拷問器具で満たされたその部屋には、呆れた顔のリビードゥが座っていた。
「呆れた! あんなに美しい光景なのに、斬り裂いちゃうなんて。やっぱり子どもに趣や雅なんてものはわからないのね」
「よく言うよ、僕たちを誑かすためのものでしょ?」
「それはそうよ。でもあれはあなたたちに合わせて準備した光景よ? 子どもじゃあ淫靡な誘いなんてわからないでしょうし、相手に合わせて楽しませるのが技術ってものですから」
「どっちにしてもそこの拷問器具に押し込めて殺すんだろ? 結局同じじゃないか」
ジェイクの指摘に、リビードゥはわかってないといわんばかりに首を振った。
「はぁ・・・だから子どもは嫌なのよね。殺すまでの過程が重要なのよ、わかる? 恋愛でもそうでしょう? 恋は成就するまでの過程が楽しいのよね。恋人になった瞬間、やれ俺より早く起きろだの、寝顔は見せるなだの、うるさいったらありゃしない。まぁこんなことを言ってもお子様にはわからないわよね」
「わからないけど、それはお前の恋人が我儘なだけなんじゃないのか?」
「そのくらいの我儘聞いてあげなよ。エルシアよりよっぽどマシだ」
「まあっ! 本当に生意気な糞餓鬼たちね! これはぜひともお仕置きが必要だわ」
リビードゥがぱちんと指先を鳴らすと、足元から出現した悪霊たちが死体となった人間に乗り移る。そして口の中に仕込んであったエクスぺリオンを飲み干すと、その体が拷問器具を巻き込んで魔王へと変化した。
「知っているかしら? 魔王を作る時に身に着けていたものは、そのまま魔王の一部となることもあるのよ。武器なんかを持ったまま魔王になると、より強力な個体が造れるかもねぇ」
「知ったこっちゃないよ。それより、出し物がそれだけならすぐにお前のところまでたどり着くぞ。覚悟しろ!」
「あら、これで全部なんて言ってないわよ? とっておきを用意しておきましたからね」
リビードゥがさらに背後のカーテンを降ろすと、その後ろには大きな十字架に磔にされたフォスティナがいた。リビードゥは大事そうにフォスティナの頬を撫でると、その背後に抱きつくように回り込んだ。
レイヤーが驚きの声を上げた。
「フォスティナさん!?」
「あら、知り合いかしら? とっても可愛いでしょう? こんな強い勇者なのに、この子ったらとっても脆い一面を持ち合わせていたの。それとも、脆いから強くなる努力をするのかしらね?
とにかく、とても良い素材が手に入ったわ。ここまできたご褒美とお仕置きを兼ねて、私自身が遊んであげましょう」
リビードゥがフォスティナに重なるように消えると、フォスティナを拘束していた鎖が自動的に外れていく。解放されたフォスティナがゆっくりと顔を上げると、そこには精悍で爽やかなフォスティナの表情はどこにもなく、妖艶で邪な笑みがあった。
フォスティナとなったリビードゥが軽く手を握ったり開いたりし、剣を軽く振るとリビードゥはにんまりとした。
「驚いた。人間に限らず生き物を操った経験は何度かあるけど、この体の鍛え方ったら半端じゃないわ。さすがに女の身で勇者なんて呼ばれるだけあるわね。空でも飛べるんじゃないかって気がしてくるわ。この体を使ったらなんでもできそうね」
「おい・・・まずいぞ」
「ああ、まずいね。フォスティナに憑りつくなんて思ってもいなかった。殺さずになんとかできるかな・・・」
「それだけじゃない。俺は悪霊の核となる何かを壊せればと思っていた。これだけ大規模な結界で、なおかつあの姿が本体でないとすると、どこかに核となる依代があると思ってたんだ。だがあいつ――依代を二つに分けやがった。なんて器用なことをするんだ」
「どういうことだ?」
「俺の見立てじゃ、後ろの十字架とフォスティナの中にいる悪霊。その両方を破壊しないと止まらないってことだ!」
「それは・・・かなり困難だね」
レイヤーとジェイクは同時に剣を抜いたが、その表情が青ざめていたのは互いに戦いの困難さを感じ取ったからだ。その背後でイルマタルもまた怯えていたが、自分が二人を助けるために何ができるか――イルマタルは懐の中にある「ある物」に手をかけていた。
続く
次回投稿は、8/21(日)14:00です。