快楽の街、その138~霧の中の遭遇⑨~
「どうやら剣でも壊せるみたいだ。ここからは二手に分かれないか? その方が効率もよさそうだし」
「え、ええと・・・」
「いや、一緒に行動しよう。どんな敵があらわれるかもわからないし、その方が確実だ」
「それも一理あるな。まあ・・・そんなに広くもなさそうだし、一緒に行っても間に合うか」
「随分と人の館で勝手な相談ね」
ジェイクたちの相談に割って入るようにリビードゥがあらわれた。突然現れたリビードゥにレイヤーがイルマタルをかばうように立ちはだかるが、ジェイクは平然としていた。
「なんだ、偽物か」
「! 偽物とはご挨拶ね、私は――」
「うるさいよ、偽物。お前は本体じゃあない。さっきもそうだったんだろ? だから戦おうとしなかった、戦うとばれるからな。お前を倒しても意味がないし、お前はきっと他の魔物を呼ぶまでの時間稼ぎだ。こうやって話して俺たちを惑わし、罠の張ってあるところに誘導している。
いや、ひょっとしてお前の本体も大した戦闘力はもたないんじゃないか? 前に戦った悪霊もそうだった。悪霊に俺たちを惑わすことはできても、直接的に害をなすことはできない。だからウルティナを操った。そうだろ?」
「・・・」
「どうした、反論がないな? 悔しければ戦ってみろよ」
ジェイクがリビードゥに近づくと、リビードゥの表情が邪悪に歪み、呪い殺さんばかりの憎悪に満ちた表情に変わった。しかしジェイクに対し何もすることはなく、ジェイクはそのリビードゥの姿の中を通過していた。
「俺に幻は通用しない」
ジェイクの言葉と共にリビードゥの姿が消えた。そしてはっとしたレイヤーとイルマタルが、その後に慌てて続いた。
***
「・・・何なの、あの小僧!」
ジェイクに見破られた後、リビードゥの本体が毒づいていた。まさかあそこまであっさりと見破られるとは思っていなかった。確かに悪霊討伐を専門とする相手には見破られたことがある。だがそれも随分と昔のことで、相手を幻惑することに関してはリビードゥは自信があった。だって、彼女は生きている頃からずっとそうしてきたのだから。
異性で幻惑が通用しなかったのは、ジェイクが初めてかもしれない。
「ガキの相手はこれだから嫌いなのよ! それにしても、使える手駒は残り――」
数少なかった。人を縫い合わせた肉壁も数が揃えられていないし、霧の中に召喚した魔物たちも誘導することはできても、完全に命令をきくわけではないため、館の中にいれることはできなかった。知性の低い化け物を操るには、リビードゥの能力は向いていなかった。
中に入ってきたアルネリアの騎士たちも、さすがに精鋭ぞろいだった。操ることができなくなはいが、それなりに全員しぶとい。さすがに精神的に鍛えられた者がここに突入してきているようだった。そしてせっかく操ったはずのウルティナにも、接近する者がいた。
「・・・? 誰だ、あれは」
館に入ってきた者は、全員がリビードゥの監視下におかれる。なのに、その男だけは突如として館の中に出現していた。ウルティナの視線を通じて、初めて気づいたのだ。見た目はアルネリアの僧兵に見えるが――
と、突然リビードゥの視界が塞がれた。何が起きたかわからなかったが、別に準備した視点からウルティナの様子を見ると、既にウルティナは気絶させられ、男に抱えられていた。精神支配から逃れるにはそれなりの手順と時間を踏む必要があるし、仮にリビードゥが意識していない場面でウルティナが襲われても、自動的に反撃をするはずだ。それなのにあっさりと気絶させられ確保されたということは、相当な実力差がないとできない芸当のはずだ。
驚くリビードゥに向けて、男がくるりと振り向いた。天井から見ている視点なのに、気付かれるとは。思わずリビードゥもぎくっとし、男はそのリビードゥを見透かすようにふっ、と笑っていた。
「これはワイの女や、お前みたいな小者が触れていい女やあらへん。本来ならワイがおしおきするところやが、そんな暇なくってな。ジェイクの坊主に任せとくわ。
お前、あの小僧がなんなのかわかってへんやろ? あれはただの悪霊に特性を持つガキやあらへん。ま、教える気はないけどな。ほなさいなら――あ、その腕、残念やなぁ。その腕じゃあジェイクに勝てへんよ?」
男はへらへらとしながら、まるで幽霊のように消えていった。リビードゥはバンドラスにとられた腕を思わず抑えたが、どうして男がその腕のことを知っているのかがわからず、悪霊であるリビードゥは自分が恐怖に震えたことに今気付いていた。
続く
次回投稿は、8/13(土)15:00です。