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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その135~快楽の女王㉔~

***


「はぐれたか」


 ジェイクはリビードゥの館で一人彷徨っていた。先ほどまで騎士の誰かと背中合わせに戦っていたような気がするが、必死で防戦するうち、全員が分断されてしまった。これこそが館の主の目的だったのかもしれない。前回の戦いでもそれぞれが分断されたが、それでも戦力をある程度集中できていたため、最終的には勝利を収めた。だが一つ間違えれば全滅の憂き目を見ていてもおかしくはなく、後で互いの報告を合わせていると危機一髪だったのだと、それぞれが肝を冷やしたのだった。

 だが相手も同じことを考えていたのだろうか。今度はおそらくだが、完全に一人一人が孤立していた。アルネリアの長所は、集団戦だと神殿騎士も自負していた。個々の力で本当に優れているのは50人程度で、残りは装備品の性能と、集団戦をもって初めて大陸でも有数の戦闘力を誇ると説明していた。確かに攻撃よりは守りに秀でた騎士団で、それも互いの連携あってこそ力を最大限に発揮する。分断されれば、各個撃破されてもおかしくはない。

 ジェイクはさらに嫌な予感が強くなっていくのを覚えていた。さきほどの悪霊は自己顕示欲の割に、あっさりとその場を引いた。功多きは勇敢な兵だが最も短命で、退却に引け目を感じない者は功少ないが、もっとも長命で経験多き兵となると兵法書にもあった。ジェイクはしばし考える。このまま単独で斬り込んで大将首をとるか、それとも最低限腕の立つ人間だけを回収することを優先し、体勢を立て直すか。普通に考えれば当然後者だが、館の外からも不安は強くなる。そもそも館から出られるのかどうかも怪しい。やけにすんなり入れたのが、いまだに気になっていた。


「霧の中にもっと無造作に魔物なりなんなりを放っておけば、もっと館への侵入は困難になったはずだ。それに、館にもあっさりと侵入出来過ぎた。本当にこれでよかったのかな」


 ジェイクはしばし考えた後、ふととんでもないことを思いついた。空間を捻じ曲げられたこの館で、現状でもっとも確実に、相手を倒す方法。どうして館に突撃する前に思いつかなかったのか。今更ながらに後悔したが、現状この作戦を行うには危険が伴う。それに人手も足りないし、手段も不足している。

 いかにすべきかジェイクが悩んでいると、目の前にゆらりと影があらわれた。思わず身構えたジェイクだが、それがウルティナだとわかるとほっと一息ついた。そして同時に、ウルティナがいれば実行可能な策かもしれないと考えた。


「ウルティナさん、丁度よかっ――」


 ジェイクが剣を収めかけた瞬間、ウルティナの光る手が飛んできた。すんでのところで躱したジェイクだが、ジェイクのいた場所は地面が石畳ごとえぐり取られていた。加減のない、全力の攻撃。避けていなければ死んでいた。

 ジェイクがはっとした顔でウルティナを見る。その端正な顔は邪悪に歪み、限界まで歯ぎしりしているであろう口からは、涎と泡が零れていた。完全に正気ではない。


「ウルティナ、まさか操られている?」

「どうして・・・どうして私が・・・どうして・・・ドウシテ私がガガガ」


 ウルティナの背後に無数の光る手が出現する。いまいるような狭い部屋で連続攻撃されれば、捌ききれない。ジェイクが退却するため背後を見ると、出口となる廊下からは百足さながらの形に変形した肉壁が出現していた。


「くそっ、最悪だ」


 思わず口から出た悪態も、状況を好転させるわけではない。ジェイクは孤立無援の中、危機に陥っていた。


***


【光の主に仕える従順な鎖、悪しき者を捕えて正義という名の苦痛を与えよ】

光縛鎖ブレイズチェーン》!


 エネーマが大量の光の鎖を出現させ、リビードゥと肉壁をまとめて縛り上げる。鎖には棘がついており、縛り上げると同時に相手の肉を削ぎ、苦しめる効果があった。通常の《光縛鎖》に自ら工夫を加えた魔術。異端ではあるが、エネーマならではの工夫でもあった。肉壁たちは苦痛に悦びながら、歓喜の悲鳴を上げていた。


「あら凄い。でも縛り方はイマイチね?」

「ご心配なく。縛り方を知らないわけじゃないけど、そういう類の目的じゃあなくて」


 四肢と胴体を絡められたリビードゥが宙刷りにされ、強制的に四肢を開かされた。エネーマに向けて股を開く格好になったリビードゥが、けらけらと笑う。


「ちょっと? そっちの気があるのかしら?」

「別にどっちでもイケるけど、私は圧倒的に男が好きよ? でもあんたは極上の得物だから、とびきりデカいやつでイカせてあげるわ」


【巨人の王にして光の王、戒めによりて封印された汝の枷を外して、我が敵を粉砕する鉄槌を振りかざせ】

光巨人バルデルズ破城槌ブレイカー


 エネーマの唱えた魔術により、巨大な光の奔流がリビードゥを足の間から串刺しにした。いや、光の奔流が巨大すぎて、何もかもを押し流してしまったのだが。そのままでも消し飛びそうなリビードゥと肉壁に対して、さらにエネーマは容赦なく追撃をしかけた。顔が半分となったリビードゥが笑う。


【・・・にて、光の渦を――】

「アハハハ! お前面白いわ。それだけ性が邪悪なのに、使うのはこの上なく上級の光の魔術。これほどの光の魔術の使い手と戦うのは、初めてだわ。あなた、アルネリアの歴代でも相当上位の使い手だったのではなくて!? どうしてアルネリアを去ったのかしら?」

大聖爆ホーリー・エクスプロージョン


 リビードゥの問いかけに応えることなく、容赦なくエネーマは大出力の魔術で肉壁ごとリビードゥを吹き飛ばした。高らかな笑い声と共に、消え去るリビードゥ。そして魔術の余波で部屋がみしみしと嫌な音を立て、一部が崩落した。崩落がなんとか収まると、エネーマは逆に妙な気分になった。


「・・・妙ね」

「そうだな」


 敵が消えたことで束縛が緩くなったヒドゥンが頷いた。エネーマはその言葉を聞いているのかどうなのか、独り言のようにつぶやいた。


「あっけなさすぎる。それに――」

「『城』が崩壊しない。本体は健在だな」


 ヒドゥンが言葉尻をつないだことが不快だったのか、じろりと人睨みするとエネーマはブーツを鳴らしながら歩き始めた。


「失策だったかもしれないわね」

「城の中に入ったことがか?」

「そうよ。城の中の空間がねじ曲がっているのは仕方のないことだけど、それにしてもこれは――」

「本体の位置が探りにくい。我々は全員が奴の本性を見誤っていたかもしれん。奴は派手な見た目や自己顕示欲とは裏腹に、本体はこそこそと逃げ回り、高みの見物をするのが好きなようだ。自ら戦うなどもってのほか。手は汚さず、他人が苦しむのを楽しむ種類の人間――ではなく、悪霊だな」

「どうやらそのようだわ。時間をかければなんとでもできるけど、厄介なのはおそらく時間制限があること。朝が来たとき、この城はさらに広範囲になる可能性があるわ」

「分厚い霧でターラムを覆い、陽の光を遮断するのか。陽の光があれば、影もまた強くなり、結界の中は強化される。そして霧の範囲も段階的に城となる――永続的に拡張し続ける城の誕生か」

「そこまで到達したら、もはや災害の領域だわ。拡張し、移動しながら人を飲みこむ魔境の完成。巨大な魔獣の胃袋のようなものよ。そこまで至れば、仕留めることは事実上不可能になる。やるなら朝までに倒さないと。でもそうなると、もはや賭けとなるわ。どうりで余裕があるはずね。この展開まで読んでいたのでしょうから」


 ぎり、とエネーマがはぎしりをした。方法がないわけではない。ゼムスを何らかの手段で呼び寄せれば、この城はなんとでもなるだろう。だが、その後が問題だ。ゼムスを呼び寄せることで、どんな代償を支払わされるかわからない。いや、代償ですめばまだいい。もしゼムスがリビードゥのように高みの見物を決め込んだら――自分は助からず、ゼムスは単独で動き始めるだろう。それは、非常にまずい。

 そのエネーマの焦りを感じ取ったのか、ヒドゥンが自ら提案した。


「相手の本体を探ることならできるが?」

「・・・なんですって? どうやって?」

「今更隠すのも無駄だが、俺の魔術が自分の血液が基本だ。血液を薄く広く飛ばし、センサーを飛ばす。その気になれば国一つを覆うほどの範囲となる。さすがにこの城は、国よりは小さいと思わんか?」

「・・・へえ、確かにね。褒めてあげるわ、有能ね、あなた」


 エネーマが冗談っぽくヒドゥンにキスしようとすると、ヒドゥンはそれをするりと抜けて地面に両手をつけて伏していた。


「少々時間がかかるがな、やってみよう。同時に館の構造もわかるだろう。あまり集中を散らしてくれるな」

「さすが元童貞ね。口づけ程度で集中が乱れるなんて」

「・・・うるさい」


 ヒドゥンは律儀にエネーマの皮肉に返事をすると、ゆっくりと血液を薄くしながら八方に伸ばし始めていた。確かにこれなら手間は省けるなと思い、エネーマはゆっくりと石段に腰かけて待つことにした。



続く

次回投稿は、8/7(日)15:00です。

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