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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その134~特性持ち④~

「・・・え?」

「ヤトリよ、油断したな? 我々は仲間ではないと、お主自身が言っておったろうに」


 左側の柱が人間の女に変化する。それがアルマスの三番の変化だということがわかると同時に、ヤトリの体は地に伏していた。かろうじて仰向けに倒れたものの肺は既に血で満たされ、ごぼごぼと泡だけが口からは溢れている。のぞき込むバンドラスと三番に向けて声をかけることはできなかった。聞きたいことは山ほどあるのに、意味を成す言葉は一つも口から出ることはなかった。

 バンドラスがしゃがみ、ヤトリの顔を覗き込む。


「お前は儂のことを知らなさすぎる。儂だけではなく、他のゼムスの仲間のこともな。お前にとっては仲間すら『商品』なのかもしれんが、それぞれには意志もあれば欲望もあることを考えなさ過ぎた。特に我々は誰も彼も異常な欲望の持ち主よ。儂とて例外ではない。お前の中では儂は常識人、あるいはマシな方だと考えていたのかもしれんが、今まで脱落していった仲間たちがどうなったか、お前は知るまい?」

「・・・」

「皆儂と共におるよ、その一部がな。儂は蒐集が趣味でのぅ。力ある者の一部――これは人でもそうでなくともよいし、戦う力でなくともよいのじゃが、それらを集めて愛でる趣味があるのじゃ。殊に、特性持ちのそれは格別での。それだけが儂がゼムスと共におる理由じゃ。無論、あやつは全て承知の上で儂が共にいることを許しておるし、儂がお主を狩っても何の問題もない。

 わかるか? お前たちを狩ろうと思えば、隣で隙を伺うのが一番じゃったからの。時には親切にしておいた方が、油断もするじゃろう? まあそんなことができるのも、お前のような間抜けだけじゃったがな。他の連中は隙がなさすぎてこれが難しい。それでも激戦の最中、死に際を狙えば確実じゃったがの。

 さて、まだ死んでくれるな? 死ぬ間際でなければ鮮度は保てん。どこか一部を貰い受けたいが、お前の場合はやはり――眼じゃな」


 バンドラスはあり得ないほどの速さでバンドラスの眼球を抜き取った。苦痛に悲鳴を上げたかったヤトリだが、ただあえぐのが精一杯であった。そしてヤトリがもがく暇もなく、バンドラスが一瞬で首を捩じると、まもなくヤトリは絶命した。あっけないほどのヤトリの最後であったが、空洞とかしたヤトリの眼が無念を訴えているような気がする。だがそれも、まもなくこの呪われた館に取り込まれていくだろう。

 バンドラスが懐の瓶にヤトリの眼球を入れると、ため息をついた。


「ふぅ・・・生き方を間違えなければ、儂がこいつの前に立つのはしばらく先じゃったのだが。後味は悪いわなぁ。こやつが商人としてもうちょっと大成するのを見てみたかったが、ここまでじゃな。儂らとしてもアルマスのとばっちりを受けるわけにはいかんでな」

「大老とウィスパーがいる限り、他の誰かが台頭することはありえませんよ。真っ向からアルマスに刃向った時、彼の命運は尽きていたのです」

「そうかもしれんなぁ。儂もお前たちと争おうとは思わん。ゼムスでさえ、アルマスには手を出さん。数百年かけて成立したお前達の勢力を一代でどうにかしようというのが、そもそもの間違いじゃて」

「それがわかっているからこそ、あなたもここで私に取引を持ちかけ、ヤトリを切り捨てる判断をしたのでしょう?」

「儂はずるい男じゃからな、勝ち目のある方につくだけよ。儂としては今回の戦果は満足じゃ、二人分も蒐集できたからな」

「私も蒐集するつもりではないでしょうね?」


 三番が呆れ顔で問いかけるが、バンドラスは笑顔で否定した。


「やめておくよ。こんな得体のしれん場所で戦うにはお主は少々強すぎるし、お主はまたどこかで生き続けるだろう。儂があらわれるのは、お主の死に際よ。作品は生きておるから美しいし、無駄に殺生をしないのは儂の中での決め事なのじゃ。なので死に際に、その者をもっとも象徴する部位をいただくことにしておる。人間は生きていてなんぼじゃろう? リビードゥだけは死んでおるから遠慮はせんかったがな」

「義理堅いというか異常というか・・・ですが御覧の通り、私は形や生物を問わず化けることが可能です。次に見つけることは二度とできないかもしれませんよ?」

「そこはそれ。じゃが儂は必ず見つけるよ。儂もまた大盗賊の名をほしいままにしてきた男よ。狙ったものは必ず盗む。お主の死に際には必ず現れるだろう。そういう星の巡りじゃからの」

「怖い人」


 三番は世辞ではなく本当にバンドラスを恐れ、首を横に振った。バンドラスは冗談を言う類の人間ではない。実行すると言ったら必ず実行するだろう。


「では私はエクスぺリオンを処分して去ります。黒の魔術士からの依頼でしてね。この街での流通はもうおしまいだと考えているのでしょう」

「アルマスは黒の魔術士の尖兵かよ?」

「知りませんよ。私は確かに番手こそ上ですが、決定権は一切ない。ウィスパーと大老以外は、全て使い走りにしかすぎません。いえ、ウィスパーも本当はどうだか。とかく依頼の是非など考える頭を、私たちはもっていません。もし自分で判断をするときがきたら、それはウィスパーと敵対するのと同じ意味ですから。それより、あなたはどうするのです?」

「儂はこの館にしばしとどまるよ。気になることもあるでな」

「気になること?」

「イェーガーなる傭兵団じゃよ。奴ら、ちらっと見ただけで三人は特性持ちがおった。そのどれも、儂の蒐集品コレクションにない珍しいものじゃった。ヤトリは色で見分けるそうだが、儂は匂いで嗅ぎ分ける。ちと奴らの動向が気になってな、しばらく観察することとしたのじゃ。それがさっきの小僧・・・まさかこの館にまで入ってくるとはな。こんなろくでもない場所で遭遇するとなると、間違いなく深い縁がある相手よ。こういう相手とは何かが起こる。儂はそれを見極めねる必要があるだろう」


 バンドラスが楽しそうに笑うと、三番はその欲望こそがこの盗賊の本質なのだと理解した。そしていずれ自分が死ぬときにバンドラスが目の前に現れると思うと、盗賊ではなくて死神と名乗った方が良いのではないかなどと、ふと考えた。



続く

次回投稿は、8/5(金)16:00です。

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