快楽の街、その132~特性持ち②~
「ふーう・・・必死ってやつだね」
「愚かだぞ、小僧」
「わかってるよ」
レイヤーは静かに構えていた。レイヤーにはまだヤトリの能力の全てがわかったわけではないが、ヤトリを倒すには今までと同じことをやってはだめだとは感じていた。先手よりも反撃――後の先を取る必要があると考えたのだ。
レイヤーの構えを見てヤトリも即座に対応。威嚇のための攻撃を多数まじえ、レイヤーの筋肉の起こりを冷静に観察した。一方でレイヤーもヤトリの攻撃を薄皮一枚で避け、ヤトリが大振りになるのを辛抱強く待ち続ける。
「(この年でこの冷静さは称賛に値するな。が――)」
ヤトリは無数の刺突の中、わざと隙の大きい一撃を混ぜた。待ちの戦法をとっていたレイヤーは、思わずその一撃に反応してしまう。当然それは罠で、レイヤーの反撃はむなしく空を切った。過ぎていくレイヤーの剣を見ながら、ヤトリが笑っていた。
「(その戦法をとってくる相手と戦ったことも当然ある。後の先など、戦いにおいてはほとんど妄想だ。戦いで有利なのは、圧倒的に先手。その剣は魔剣だな。しかも相当な年季が入っており、意志を持つ剣と見た。おそらくは持ち主にその意図を伝えることもできるのだろう。ならば当然、そんなこともわかっているはずなのだがな。持ち主の暴走か、あるいは奇策奇襲か。どのみち自分の戦い方を見失うのなら、こちらのものだ)」
ヤトリはさらにじっくりと機を待った。レイヤーの反撃は空を切ったが、まだ仕留められるほどの隙にはなってない。ヤトリはレイヤーの腹を一突きし、それなりに深手を与えるにとどめた。そして同じように隙を見せつけてはレイヤーの反撃を誘い、確実にレイヤーに傷を蓄積させていく。レイヤーの体からは血が流れる量が増えていき、もはやヤトリにとっては作業のような戦いだった。いつものように、作業を終わらせる。順調なら、後300手程度で詰めるだろう。この力を使うと勝負の行く先までわかってしまうので、いつもヤトリにとっては面白くなかった。戦いの最中、思わずため息をつきそうなくらい退屈な気分になる。
だがそのいつもの作業の最中、ヤトリは初めての感覚を得た。先ほどまで確かに自分の勝つ姿が見えていた。その手数まではっきりとしており、レイヤーの心臓を突きあげる瞬間までわかっていたのだ。だが、その手数が減らなくなった。残り100手になったあたりから、急に進まなくなったのだ。そして仕留める光景が次々に変わる。首を落とす、胸を突く、自分の脇腹を突かれながらも脳天を貫く。そして仕留めるまでの手数が徐々に伸びていくと、仕留める光景も遠のくように薄れ、ついに消えてしまった――と、同時に自分の頬をかすめるレイヤーの剣。ヤトリの目が驚きに見開かれていた。
「――なんだと?」
「初めて当たったね。それより、さっきと比べて動きが鈍くなっているんじゃないの?」
レイヤーの指摘は確かに当たっていた。だがそれは35の力が34.8になる程度の微々たるもの。ヤトリでさえ意識しなければわからないほどの差であり、また体力もまだまだ尽きてはいなかった。むしろ速くなっているのは、レイヤーの方なのだ。先ほどまでは20少々だったはずの力が、明らかに30を超えている。速度はもはや自分を超えようとしていた。
「(なんだこいつは? さっきよりも速いだと? 戦いの最中に成長しているとでもいうのか? だが動きそのものならまだしも、腕力まで上昇するなどとは、ありえん!)」
「どうしたの、切っ先が鈍っているよ? 余所見している場合じゃないでしょ」
「小僧!」
ヤトリが気功の出力をさらに上げた。その分持久力は短くなるが、それが最善だと思われた。得体のしれない者を倒すなら、出し惜しみはしていられない。一瞬、戦いの結末までが再び見えた。だが、それすらも徐々に霞んでいく。ヤトリは初めて自分の戦う相手に恐怖を覚えた。
考えて見れば、ヤトリは今まで戦いに生死を賭けたことがなかった。図抜けた洞察力のせいで勝てるかどうかは戦う前にわかったし、負けるとわかっている相手からは逃げることのみを考えてきた。もちろん鍛錬はしたが、本当の意味での戦いはしたことがなかった。一度仲間にそのことを指摘されたことがある。お前は本当の戦士ではない、早く引退するべきだと。言われるまでもなくヤトリは一戦からは退いたが、商人にも荒事は必要なのだ。戦う気はなくとも戦いは避けられず、商売の合間を見ては鍛錬を重ねる日々は変わることがなかった。
「(なぜだ、どうして読み違えた!? そもそもこの小僧はなんなのだ!)」
「オオッ!」
レイヤーがヤトリの短槍を叩き折った。ヤトリの短槍もそれなりの業物だったが、シェンペェスの強度が勝る。ヤトリは折れた槍をレイヤーに投げつけると、気功を全て足に回して逃げに徹した。レイヤーは一瞬追おうとしたが、その足をぴたりと止めてイルマタルの方に振り返った。
「(追って仕留めないのか?)」
「やめておく。あの逃げ足は予想できていなかったし、ぎりぎり追いつけないと思う。この館の内部は感覚がおかしくなるし、ここまで来たのと同様にイルの案内がなければ出ることもままならないかもしれない。
それにあいつに何か隠し玉があると厄介だ。本来の調子じゃなかったかもしれないし、そもそも倒さないといけないってわけでもないし、遭遇したから戦っただけなんだ。こっちに仕掛けてこない限り、相手にすることもないさ。それに――」
「(それに?)」
「普通に戦えばもう負けないんじゃないかな? なんだかそんな気がする。それよりもイルだ」
レイヤーは静かに断言したが、シェンペェスは身震いする思いだった。シェンペェスにとっても先ほどのような戦いは初めてだった。戦いには色々な要素が作用するが、明らかに実力が違う相手は戦う前にわかる。先ほど戦った感触では、相手の方が相当実力が上だったはずだ。なのに、レイヤーが勝った。戦っている最中に、一合ごとに成長したとしか思えない。戦いの最中に化ける持ち主がいなかったではないが、この成長は異常だとしか思えなかった。
「(特性持ち、か。今までの持ち主や戦う相手ににいなかったわけではないが、レイヤーは・・・この先どうなるのだろうか)」
シェンペェスにすら測りかねる主に携えられながら、魔剣はしばし沈黙していた。
続く
次回投稿は、8/1(月)16:00です。