快楽の街、その131~特性持ち①~
「魔術のせいか姿はよく見えんがな、そこにいるのははっきりわかる。その程度の隠れ方では俺からは逃れられんよ、俺の仲間にはもっと隠れるのが上手い奴がいるからな。どれ、出てきてもらおうか」
「させない」
レイヤーが先ほどまでよりも遥かに速い速度で斬りかかったが、ヤトリはあっさりとそれらを捌くとレイヤーの脳天めがけて槍を繰り出した。だがさらに速くなったレイヤーが短槍をずらして左肩で一度受け、瞬間硬直させた筋肉で槍を止める。さしもの行動に驚いたヤトリの隙を突き、こともあろうにシェンペェスを投げつけた。こうなると人間の反射として飛んできた剣を払いのけるわけだが、その隙にレイヤーはヤトリの腰に組み付き、全力で締め上げた。
技術で適わないなら、力づくで仕留めてみせるとばかりに筋肉の浮き上がる。打ち合った感触では、ヤトリの腕力はそれなりに鍛えた戦士程度のはずだ。後ろから力づくで締め上げれば、内臓ごと潰せるはずだった。
「これで・・・!」
「甘いな」
だがレイヤーの締め付ける腕は、ヤトリがそれらを引っ掴むと徐々にヤトリの体から離れていった。相当に腕力差がないとできない芸当を、ヤトリはレイヤー相手にあっさりとやってのけた。
レイヤーの顔に初めて焦りが浮かぶ。
「・・・!」
「大したものだ。本当に五年もあれば、どんな手段を使っても俺は勝てなくなったな。あるいは同じ年頃のゼムスよりも強いのかもしれん。だが経験がなさ過ぎた。お前は逃げの一手を取るべきだったのだ」
ヤトリはレイヤーを宙に放り上げると、空中にある一呼吸で四連続の突きを繰り出し、レイヤーの四肢の付け根を斬り裂いた。さしものレイヤーも反撃すらままならず、攻撃を受けざるをえなかい。
「ぐっ」
「これで四肢は思い通りに動かせまい。しばらくじっとしておけ」
深手に苦悶の表情を浮かべたレイヤーに向けてヤトリは余裕の言葉を吐いたが、内心ではそこまで余裕はなかった。
「(恐ろしい小僧だ。俺の腕力、速度をそれぞれ10とすると、この小僧は20から30近い。気功で出力を上げても、せいぜい35程度が限度だ。それも気功の出力を上げるとなると、短時間しか維持できない。この小僧が成長し、さらに気功まで使えるようになったらと思うと、末恐ろしい逸材だ。仲間にするなどとんでもない、今ここで死んでもらった方が得策だ。どう考えても手に余る素材だぞ、これは。
だがそれにしてもこの小僧は何の特性だ? てっきり戦士だと思っていたが、アナーセスとは全く違う。武闘家とも違うし、騎士とも違う。特性持ちは100人以上を見てきたが、そのどれにも当てはまらん色だ。なんなのだ、この小僧は?)」
ヤトリは相手の特性を周囲に見える色と形、濃さのようなもので判別する。理屈で説明ができるわけではない。ただ様々な経験を積む中で、徐々に色のようなもので判別できるようになっていった。そしてそれらがどのような特性を発揮し、どのように成長するかも想像がつく。たとえば、戦士であれば魔術の習得は苦手で、筋力が耐久力が伸びていく。騎士であれば技術が伸びる。魔術士であればどの属性が得意となるかまでわかるのだが。
だが、レイヤーだけはそのどれとも違っていた。今更見たこともない性質を持つ人間がいるとは思わなかったのだが。
「・・・まあいい。それよりもこの少女だ」
ヤトリが手をイルマタルに向けて伸ばすと、その手が突然凍り付いた。ぎょっとしたヤトリの傍を小さな少女が駆け抜けようとするが、ヤトリは槍の石突でその腹を叩き上げていた。
「きゃんっ!」
「・・・ブレスか? となると、この少女は人間ではない? ・・・・・・なんだ、この竜は?」
悶えるイルマタルをくびりあげて観察するヤトリの目が、驚愕に見開かれた。ヤトリも色々な竜を見たり、それらにまつわる品物を見たが、そのどれにも当てはまらなかった。ヤトリの知識にあって、一度も見たことのない竜。それは一種類しかなかった。
「まさか真竜、か?」
「う、うう・・・」
イルマタルは力づくで締め上げられており、涙を目に浮かべながら抵抗していたが、ヤトリは自分の発見に夢中で、全くイルマタルの様子には気づいていなかった。ヤトリの頭の中では今、真竜の活用法について数十もの方法がぐるぐると渦巻いており、それらを整頓するだけでいっぱいだったのだ。
そしてたまりかねたイルマタルが爪を戻してヤトリの腕をひっかいたところで、ヤトリは我に返っていた。
「はっ!? い、いや。今はそれどころではないが、しかし・・・くそ、何たる僥倖だ。だがこの真竜を上手く使えば、アルマスとて――」
「――やらせないよ」
ヤトリが動揺した隙を突いて、レイヤーが立ち上がった。ヤトリがイルマタルを放り出してレイヤーの方を向き直ると、斬り裂いたはずの傷が塞がっていた。手にはシェンペェスも戻っている。
「何・・・なんだそれは!?」
「傷の治りは昔から早くてね」
「そういう問題ではない! それは人間の治癒力を超えているぞ!?」
「そんなこと知らないよ。でも、その子は傷つけさせない。大切な人の娘だから」
レイヤーが再度シェンペェスを構えたが、シェンペェスの方は戦いには乗り気ではなかった。
「(おい、勝算はあるのか?)」
「ないよ。でも勝つ」
「(無茶だぞ!?)」
「無茶でもなんでもやるしかないんだ。勝つことを信じるしかない」
「(どうしたレイヤー。お前はそんな無謀なことをする人間ではないだろう?)」
もちろん無謀だとわかっている。だがイルマタルを犠牲にすることなどありえないし、そもそもこの相手から逃げられるとも思っていない。やれることを一つ一つ試していくしかなかった。
続く
次回投稿は、7/30(土)16:00です。