快楽の街、その130~快楽の女王㉓~
「特性持ちとは、いわゆる天性の才能だ。努力ではどうにもならぬ、理論では説明のつかない才能のことをいう。バンドラスはそれを見つけるのが得意で、私はその能力がどの程度かを判断するのが得意なのだ。我々の仲間は、全員私たち二人で勧誘したのさ」
「ふぅん。で、あんたの才能は?」
「俺は商人だ。別に隠しも何もしていないが、意味がわかるか?」
「商売上手ってこと?」
レイヤーの言葉に、ヤトリが口の端を吊り上げて笑った。
「それもある。だが、商売を成り立たせている才能の方だ。私は鑑定が得意でな。一目見れば、その者がどのような性質を持っていて、今後どのようになるのかわかるのだよ。それは者も人も問わん。だからこそ商人で成功できた」
「? よくわからないけど」
「意味はわかる、今からな」
ヤトリが口に何かを放り込むを見ると、レイヤーは一挙に間を詰めた。直感がまずいと告げている。だがヤトリは脱いだ上着でレイヤーの視界を塞ぎ、一瞬の隙をつくと突然煙のような何かが発生した。レイヤーは毒の可能性を考慮して下がったが、煙が晴れると、そこには別人のように痩せたヤトリが立っていた。いや、痩せただけではない。彼の顔つきも若くなり、そして、体型は非常に筋肉質になっていた。どう見ても、20歳そこそこの風貌だった。
ヤトリは得意げに佇み、レイヤーは憮然としてそれを見ていた。
「それが能力?」
「いやいや、これは単純に『気功』と言われる一つの技術だ。上位の戦士が使う技術だが、フォスティナがもっともわかりやすいかな。気合があればなんでもできると言いかえてもらっても構わない。私の場合は薬の力を借りねばならないが」
「そんな適当な」
「冗談みたいな話だが、確かにある技術だ。習得には適性があるがな。ちなみにこの姿の私に体力切れを期待しない方がいい。戦闘力も断然上だが、何より持久力が全く違う。三日三晩動き続けても疲れなかった頃の体だからな」
「で、能力は?」
「そう急くな、戦えばわかることだ。それまでお前の命があればだがな」
ヤトリが無造作に突きを繰り出した。確かに先ほどよりも一段階速いが、まだかわせないほどではない。レイヤーは確かに避けたその先で、石突による一撃で横殴りにされたことに驚きを隠せなかった。
「・・・?」
「不思議か? だが、こればかりはいかにお前が天才でもどうにもならん領域の話だ。いかに才能があろうとも、埋まらぬ差もある」
ヤトリの攻撃は先ほどよりも的確さを増していた。上段、下段、薙ぎ払い。それぞれが確実にレイヤーをかすめてく。何より、レイヤーがよけようとしたその先に攻撃がとんできた。シェンペェスをからめとられそうになったのはかろうじて防いだが、それにしても突然防戦一方となった。押せば引き、引けば押される。突きはよけられ、逸らされ、のらりくらりとした柳を相手にしているようであった。
レイヤーは数十合打ち合ったところで、違和感の正体に気付いた。
「これは――」
「(ああ、先読みされているな)」
「どういうこと?」
「(観察眼――商人なら鑑定眼とでもいうのかな。莫大な戦闘経験からくる洞察力。それこそが奴の武器なのだろう。これは厄介だぞ。俺がマスターに戦い方を伝えても、どうしても瞬間的な時間のずれが生じる。その少しが命取りにだ。ここは撤退を前提に戦った方がよさそうだ)」
「そう――だね」
レイヤーは戦いに対してこだわりがあるわけではない。まずは生きていることが重要なのだ。撤退のためには一つだけ難点があるが、それだけは悟られてはならないとレイヤーは思っていた。
だがヤトリの鑑定眼は、レイヤーやシェンペェスの想像を上回るものだった。
「そういえばお前たち・・・よくこの館に入ってこれたな? ここは結界で守られているはずだが?」
「それはあんただって」
「俺は予め穴を作っておいたのさ。それでも相当下準備をしたぞ? なのにお前は――そこの後ろで隠れている少女が関係しているのか?」
「!?」
レイヤーの背後、そこには先ほど隠れるように言い含めておいたイルマタルがいた。ついてきては駄目だと言ったのだが、そもそもこの館にはイルマタルがいないと入れなかった。やむなくとはいえ、自分やリサすらあざむくイルマタルの隠形ならたいていのものはやり過ごせると考えていたのだが、ヤトリにはまるで通じていなかった。
続く
次回投稿は、7/28(木)16:00です。