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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その129~快楽の女王㉒~

「くっ、くくく・・・アハハハ、アーハハハハ!」

「あら、おかしくなっちゃったかしら?」

「いえいえ、その程度で得意になっているあなたが滑稽で笑っただけよ。私が何の対策も練ってないと思う?」


 リビードゥの周りに、魔法陣が浮かぶ。その雰囲気をまずいと感じたエネーマは、ヒドゥンに持っている燭台を投げつけさせたが、すんでのところで魔法陣から出てきた肉壁に止められた。

 肉壁にしなだれかかるリビードゥがぺろりと舌を出した。


「聖属性の攻撃は私でなければ効果がない。つまり、『人間』には意味がないということ」

「人間、ね。その発想には恐れ入るわ。そんなつぎはぎまみれの肉壁を、人間とは呼ばないわよ」

「正確に言うなら元人間、ね。まあなんでもいいわ、私の役に立つのなら。もう薬やら霧やら私の調教やらを受けすぎて、とっくにおかしくなっちゃった連中だし。こんな風にしてもアヘ声しかあげないんだから。あなたの攻撃も快楽として受け止めてくれるわよ?」

「あら、ほんと? 試してみようかしら?」


 途端、エネーマは風の魔術を放って肉壁を斬り裂いた。吹き出る血が、愉快な笑い声と共に迸った。肉壁は笑っていた。エネーマも、リビードゥも笑っていた。


「あら、本当。面白いわねぇ、これ!」

「ほんっと遠慮ないわね、あなた! こんな場面じゃなければ、ゆっくり卑猥な談義でもしたいところだけど」

「遠慮しておくわ。だって――」

「「女王は二人いらないもの」」


 リビードゥとエネーマは同時に同じ言葉を口にすると、心底楽しそうにくすりと笑って全力で戦い始めた。ヒドゥンは言葉を奪われていたため何も言わないが、仮に言葉を話せたとしても、やはり何も言うことはなかったかもしれない。彼がこの時どんな感情で2人の女を見ていたのか、誰にも知る機会は得られなかった。


***


 人気のない部屋に突然、破裂音と共に扉が二つに折れてレイヤーが転がり込んできた。扉に叩きつけられた衝撃と、砕けた扉の木片で体はすり傷まみれとなったが、それどころではない。レイヤーが転げまわりながら体勢を立て直すと、目の前にはヤトリの短槍が迫っていた。頬を薄く裂かれながらすんでのところで躱すが、ヤトリはレイヤーに立ち直らせる隙を与えない。

 ヤトリの扱う槍はせいぜい身の丈の三分の二ほどにしかならぬほどの槍だが、レイヤーはその間合いに入れないでいる。短い分回転が速く、なのに槍はしなりながらあらゆる角度から襲ってきた。攻撃の間合いも単調にならず、ひたすらよけにくい。シェンペェスの助言を受けながらでなければ、とうになます切りになっているであろう。

 ヤトリ自身の戦闘力は非常に高い。肥満に似合わぬ速度、柔軟性、持久力。まるで隙を与えない戦い方は、明らかに狩ることに長けた百戦錬磨の猛者であることを示していた。かつてのボート、ケルスーなどとは比べ物にならない。レイヤーが真っ向から戦った中では、一番であることは間違いなかった。

 一か八か、レイヤーが攻撃に転じる。脇腹を裂かせておいて、回転しながらの打ち込み。ヤトリはそれも体を捩じりながら躱したが、レイヤーはヤトリの脇腹をめがけて全力で蹴りあげた。ヤトリは槍で防ごうとするが、槍ごと叩き折るつもりでレイヤーは蹴っていた。

 だがレイヤーの蹴りは正面から防がれた。同時に、ヤトリの膝がレイヤーの鳩尾に命中する。呼吸の終わりを狙われた一撃はレイヤーを悶絶させたが、距離を取ることには成功した。息ができなくとも構えを崩さないレイヤーを見て、ヤトリも一度仕切り直した。


「小僧のくせに、やりよる」

「げふっ・・・あんたも、デカいわりに動くね」

「さすがに若かりし頃のような力はないがな。老いとは恐ろしい。どんなに鍛え上げても、いずれは老いる。中には長命な種族もいるが、彼らをどんなに羨んだことか。私は人間以外に生まれたかった。そうすれば、さらに自分を鍛えて頂点を目指すこともあったかもしれない。

 悲しいかな、限られた人生では限界がある」


 ヤトリは貧民街の出身だった。腕っぷしを頼りにのし上がり、傭兵を始めてまもなく頭角を現した。だが実力があったゆえに、すぐに自分とは才能が全く違う者たちを目の当たりにすることになる。上には上がいることを、なまじ強かっただけに知ってしまった。それでも勇者の称号を得るべく奮闘したが、ついに選ばれることはなかった。

 ヤトリは傭兵で得られた人脈を生かし、副業として物資の輸送を行っていたが、ヤトリ自身が目端のきく人物であったため、思いのほか軌道に乗った。冒険で見つけた珍しい鉱物、植物などを売り捌くのだ。だがそれも軌道に乗ると、今度はアルマスや商人ギルドの妨害にあった。ヤトリは腹を立てた。なぜ俺の行く道をことごとく邪魔するのかと。ならば、こちらもどんな手段を使っても自分の道を切り開いてやると。そうして彼は一代で大商人としての地位を築いたのだ。

 その自分がこんなところで小僧にかかずらっている場合ではないと、ヤトリは思い返した。


「小僧、お前には才能がある。その年でこれだけ戦えれば、五年もすれば俺では勝てなくなるだろう。だが、今はまだ俺の方が上だ。この時期に出会った不運を呪うがいい」

「不運? 強い相手に出会えるのは幸運だと思うけど」

「その闘志、お前の特性は戦士だろうな」

「だから、その特性持ちってなんなのさ」

「ふふ、今から教えてやる」


 レイヤーはヤトリの体型が徐々に変わっていることに気付いた。先ほどから尋常ではない量の汗をかいているとは思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。ヤトリはぶかぶかになった服を脱ぎ捨てると、告げた。



続く

次回投稿は、7/26(火)16:00です。

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