快楽の街、その126~快楽の女王⑲~
「今度はこの快楽をみんなにも分けてあげようと考えたの。ようやく準備が整ったわ。そのためだったら、生き死になんてどうでもいいのよ」
「こいつ、望んで悪霊になったっていうのか?」
「馬鹿な、そんなことが」
「私の執念は死んだくらいでは消えはしないわ」
「じゃあ、今ここで断ち切ってやる」
ジェイクが剣を構えた。彼に臆するようなそぶりは微塵も見えない。するとリビードゥがにたりとして、鎖を引っ張った。闇の中から現れたのは一人の女。その顔には精気がないが、顔には妖しい笑みを浮かべている。女の様子もおかしいが、闇の中、妙に高い位置に出現した。人の背丈では届かぬ位置に女は立っていた。
リビードゥがにたにたとしてジェイクを見た。
「あなたのことは知っているわ。ドゥームにも手傷を負わせ、インソムニアを仕留めた。私が何も対策をしていないと思う?」
さらにリビードゥが鎖を引くと、闇からずるりと巨大な物体があらわれた。それは生物にあらず。人をちぐはぐにつなぎ合わせた、規則性のない塊の様であった。先ほどの女はその一部。一つの生き物として機能するようには見えないその生き物であるが、表面に出た顔は全てがうすら笑いを浮かべていた。そのおぞましさに、騎士たちのみならず思わずジェイクも一歩下がる。
リビードゥが得意げにその生き物を紹介した。
「私、お裁縫が得意なの。そりゃあ一通り手芸や歌もできますけどね? 好きなのはお裁縫。特に、人を生きたままつなぎ合わせるのは大得意。今回はかなりの大作になったけど、全員が狂い死にしないから簡単だったわ。ちょっと物足りないくらいかしら? ああ、ちなみに全員まだ生きた人間よ? 中には死んでいるのもいるかもしれないけど。お尻に頭を突っ込ませたら、さすがに窒息しているわよねぇ」
「こ、この、イカレ女!」
「私にしたら、正義の名の下に人殺しを繰り返すあなたたちの方がよほどイカレているのですけど。殺した人数なんて、それこそ私の比ではないはず。それよりもジェイク坊や。悪霊には力を発揮するかもしれないけど、人間相手にはどうかしら?」
リビードゥの薄ら笑いと共に、縫い合わされた人間たちが一斉に笑い声をあげた。気圧される騎士たちと、青ざめるジェイク。彼の剣が重くなったのを、ウルティナは見逃していなかった。
「(まずい・・・この状況は私一人でどうにかなる領域を超えているかもしれない。五位の悪霊の討伐か。同じ五位でも前回の相手とはまるで違う。こそこそ隠れていた相手とは違い、今度の相手は迎撃の準備をするだけの知恵がある)」
ウルティナが焦る中、その様子を嘲笑うようにリビードゥは闇の中に姿を消した。立ちふさがる化け物を倒さなければ、リビードゥを追えない状況となった。
***
「まさか、リビードゥの館からエクスぺリオンを拝借しているとはな・・・儂以上にタチの悪い盗賊ではないか」
「盗賊などとは人聞きの悪い。保管庫にちゃんと鍵をかけていないのが悪いのですよ。それに数の管理もできていないようですし、私が少々『借りて』も、何も言われませんでしたから。借用書も作らないのでは、職務怠慢と言わざるをえません」
「物は言いようか」
バンドラスが呆れていた。ヤトリはその肥満体に似合わぬ速度で走りながら話を続ける。
「あの薬はもっと有効活用ができると思うのです。闘技場の行為は、そのための私なりの宣伝活動でした。誰もが注目する戦いで、その薬の効果を衆目にさらした。あの場面なら、ターラムの自警団もいるし、ゼムスもいました。それならば被害はそれほど広がらない妥当と言う目算でした。イェーガーなる傭兵団があれほど強いのは意外でしたが。
これからもアルマスからは狙われるでしょうが、私の目的はアルマスを苦く思っている勢力を抱き込むことです。上手くすれば、いえ、きっとアルマスを打倒してみせますよ」
「そう上手くいけばよいがの。じゃがゼムスを巻き込むようなことになれば、あれはお主を斬って捨てるかもしれんぞ。言葉の通りにな」
「ご心配なく。これは私の個人の戦いですから、ゼムスを巻き込む気はありませんよ」
「儂はどうなのじゃ。ここまで巻き込まれておるんじゃが」
「あなたとの付き合いはゼムスより長い。友人なら多少迷惑をかけてもよいでしょう? それに意外と面倒見が良いことも知っていますよ」
「かっ、情を対価にするか」
「相手次第では最強の切り札ですからね」
ヤトリは愛想よく笑みを浮かべながら、ついにリビードゥの館にたどり着いた。そこからはさすがに気を引き締めたが、侵入すると中には既に戦闘の痕。
「アルネリアでしょうか?」
「まあそうだろうな。自警団にはここまで攻め込むだけの知識も余裕もなかろうよ」
「だが好都合ですね。悪霊の注意が外に向いているうちにエクスぺリオンを運び出しましょうか」
「それなら誰か部下を連れてきた方がよかったのではないか?」
「あまり人手を連れてもばれてしまうでしょうし、そのためにあなたを連れてきたのです。あなたの能力なら、ある程度の量を外に持ち出すことも可能なのでは?」
ヤトリの言葉にバンドラスが苦い顔をした。
「かっ、結局のところそれか。本当に食えぬ奴よ」
「どの程度持ち運べるかはお任せします。ちなみに私の想像では、人間の腕一本分もあれば一財産程度の末端価格にはできるでしょう。私も運び出しますし、ある程度の量があれば製造過程もわかるかもしれません。複製できればこちらのものです」
「ふん、ではできる限り運び出してやろう。さっさと案内しろ」
バンドラスが不機嫌になったので、ヤトリはこれ以上機嫌を損ねないうちに案内することとした。
続く
次回投稿は、7/20(水)17:00です。