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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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死を呼ぶ名前、その1~お調子者~


***


 それら一連の出来事を全て見ていた少年は姿を現した。眼下には、緑色の猿達に襲われる女性がいる。女僧侶の言った通り、女性はなまじ壊れていたせいで中々正気を手放せないでいた。


「むごいことをする。あんな者が勇者としてもてはやされているとはな」


 少年は呟く。彼はドゥームなどとは違い、残酷な思想は持ち合わせていない。だがその目は決して女から離れることも無い。そしてその目が猿に襲われる女と一瞬交わる。女は気づいて助けを求めるように手を天空に突き出すが、少年は何も態度を変えることはなかった。


「・・・悪いが、私にはこの場をどうすることもできない。本来なら楽にしてやりたいのだが、許せ」


 誰に向けた言葉であったか。あるいは少年の良心の呵責から出た言葉なのか。それだけ呟くと、少年はその場を後にした。後には猿の群れと、名前も知らない女だけが取り残されていた。


***


 先ほどの場所を離れた少年は、空を魔術で浮遊しながら辺り一帯にセンサーをかける。先ほどの姉妹、勇者一行、他にも実は気配がいくつもあった。


「どうやら色々な集団がそれぞれの部下を派遣しているのか。思ったよりも人間達は敏感だな、もうここを嗅ぎつけるとは。本来ならやりたくないが・・・仕方ない」


 少年は焼けた大地に向かい、長呪詠唱を行う。その言語は通常この大陸の人間が聞き慣れないものだったが、徐々に地面から先ほど巻いた種が芽吹いてくる。そしてありえない速度で植物が成長を始めると、あっという間に小さな森になった。

 少年が詠唱を止めた後も植物は成長を続け、大森林のように深く、広く成長する。だがその様子を見届ける少年には、なぜか落胆の色が見えた。


「出来れば魔法は使いたくないんだがな、結果的には怪しまれてしまう。だがこれでここ一帯に人間が侵入することはできまい。よしんばできたとして森が迎撃するし、私の命が続く限りは効果も続くだろう・・・それにしても、このままでは」


 少年は東の方向を見る。おそらくはアルフィリース達がいるであろう方向だ。


「今のままでは奴とアルフィリースがぶつかるのか・・・果たして彼女は生き残ることができるだろうか。だがもし生き残れば、その時こそ私の出番が来るだろう。これは運命だ、アルフィリース。乗り越えてみせるがいい」


 そして今度こそ少年はその場から姿を消し、後には成長を続ける森だけが残っていた。


***


 その頃、アルフィリース達は一路シーカーの集落を目指す。まさかファランクスが死んだ場所でそのような事が起こっているだろうとはエアリアルすら露知らず、彼女達の全精力は竜巻を避けながら一刻も早くシーカーの里に到着することに注がれていた。

 今晩休憩する場所が決まり、エアリアル、ニア、カザス、ミランダは食事の準備を。アルフィリース、リサ、フェンナ、ユーティは近場で燃えそうな薪などを集めたり、簡単な食材調達の係をしている。その道すがら、アルフィリースとフェンナが話している。


「ねえ、今から向かうシーカーの里は昔からあるの?」

「いえ、比較的最近、といっても300年以上は前ですが」

「じゃあいつか言ってたみたいに、移民ってやつね?」

「ええ、シーカーは元は南のもっと暖かい所に住んでいましたから。お恥ずかしながらシーカーの中にも色々ありまして、南にはシーカーの中でも保守派の一族が。移民したのは比較的革新派の一族です」

「そうなんだ」

「何で揉めたんです?」


 リサが会話に加わってくる。どうやらセンサーという職業の性質上、リサは情報収集をしておきたいらしい。


「他種族との関わりについてです。保守派の一族は他種族とは一切の関わりを断つのがよいとし、移民した一族は他種族と関わりたいと主張しました。その意見の食い違いから、北に民族移動をしたと聞きます」

「にしては噂を聞きませんね。リサの情報網を持ってしても、シーカーが大草原にいることすら聞かなかったのです。大草原に入る前、この周辺のギルドを回った時にそれとなく聞いてみましたが、同じ答えでした」

「・・・恥ずかしながらリサの言うとおりです。いくつかの苦難がありつつも移民を無事終えたのはいいのですが、他の種族と接触を取ろうとしたところで争いが起きたようです。一般的な人間は元よりシーカーをダークエルフと呼んでさげずんでましたし、時代は黎明期にあり、人間達の暮らしは大戦期よりもある意味荒んでました。

 人間と交流を持とうとしたこと自体は正しかったのでしょうが、人間の世界で何が起きているかを知ろうとせずに、一方的に交流を持とうとしたことも浅はかだったのです。そう主張するシーカーもいたのですが、恥ずかしながら結局移民したシーカー達も大草原で引きこもってしまったのです。最初の接触が失敗に終わったことで自信を失くしたのでしょうね。それでも一部の部族とは交流を持っているようですが、大草原以外の人間とはとても・・・」

「難しいのですね」

「ええ。世の中正しい事、合理的な事ばかりがまかり通るわけではないものね」


 思わず3人は考え込んでしまうが、いつまでもそうしてもいられない。なんだか暗い気持ちになるのを振り払うように、アルフィリースが話を変える。


「そういえばフェンナはこっちに知り合いがいるの?」

「何人かは。何年か前に交換交流ということで、こちらの集落から私の里に数名のシーカーが来ました。ですので名前は互いに覚えています」

「ちなみに名前は?」

「ウィラム。ウィラム=オールドレイトと」

「ほほー、その人がフェンナの恋人か~」


 突然ユーティが割り込んできた。フェンナの周りをイタズラっ子のような顔をしながら飛び回る。


「なっ! 恋人だなんて、違います!!」

「じゃあチミは遊びでキスをするのかね? 以前言ってたキスの相手はその人ではないのかね、うりうり」


 妖精くせに恋の話が大好きなユーティは、事あるごとに人の恋愛話を聞きだそうとしていた。ミランダやリサは上手く逃げるのだが、フェンナやアルフィリースは格好の餌食になっていたのだ。そのせいでフェンナは以前自分の里に来た若者とのくだりを、ほとんど全部暴露させられていた。


「そ、それは・・・確かに互いにいいな、とは思いましたが・・・」

「やっぱりキスしてんじゃん~」

「やりますね、フェンナ」

「うう、なんだか置いて行かれた気分・・・」


 リサの目がユーティと同じくきらりと光る。一方でアルフィリースは1人で落ち込んでいた。


「(み、皆大人だわ・・・ミランダはあの通り男の扱いには慣れてるし、リサも以前恋人がいるような話をしたし、ニアはカザスと付き合っているし。エアリアルは思っていたより男性に積極的で、あの様子じゃあっという間に恋人ができるわ・・・せめてフェンナはまだだと思っていたのに、よく考えたら年齢だけなら私の倍近いのよね。ついつい忘れちゃうけど)」


 アルフィリースはよくよく自分と同じ年代の男性を思い浮かべようとして見るが、考えてみると彼女は同年代の男性と親しく話したことなど一度も無かった。アルベルトはどこか遠い人のような感じだったし、ふとラインの事が頭に浮かぶが、思わず頭を振って彼の顔を打ち消す。


「(なんてこと、私って同世代の男の友人がいないわ! せいぜいあの変なもっさりした男だけ・・・そりゃ恋人出来ないわよね。なんとかしないと、行き遅れちゃうかも!?)」


 それはアルフィリースに限らず、女性の深刻な悩みだったかもしれない。貴族の女性は生まれつき許嫁がいたりもするし、そうでなくとも成人になった時に誰も言い交わした人間がいなければ、結婚を前提とした交際ができるような男性を紹介されることはままあった。農村部にいたっては娯楽も少ないので、成人を待たずして結婚することも少なくない。アルフィリースの二軒隣の家の女の人は、14で子どもができたことがわかったので、お腹の父親とそのまま結婚したと言っていた。

 国によっては成人の定義が18の場合や、逆に15の場合もあるので土地によって多少婚期にずれが出るのは分かったが、特に仕事を持たない女性は一般的に20までに結婚するのが普通であった。アルフィリースのように18になっても恋人の1人も持ったことが無いのは珍しい事であり、まして彼女は美人であったからなおさら稀であったろう。本人が多少鈍いことが、より拍車をかけたことは否めないが。

 そんなアルフィリースが落ち込む一方で、、ユーティはフェンナをからかい続けている。


「フェンナは大人、フェンナはスケベ、フェンナはいん・・・ぐぇっ!」


 そのユーティをフェンナが鷲掴みにした。フェンナの表情が笑顔だけに一層怖い。ユーティもやりすぎたことを悟ったが、時既に遅し。


「フェ、フェンナ・・・?」

「ユーティ? 今晩の鍋のダシが決まりました」

「な、鍋の内容を聞いてもいいかしら?」

「ええ。今夜は妖精鍋です♪」

「ひ、ひぃぃぃいぃぃ!?」


 ユーティが縮み上がる。その様子を見て、リサが非常に楽しそうだった。


「それはさぞかしオイシイですね、色んな意味で。ぷくく・・・」

「リサ! 助けなさい!?」

「たまにはユーティも痛い目を見るといいのですよ」

「ひゃあああ? アルフィ、アルフィー!!」


 ユーティが必死で助けをアルフィリースに求めるが、自分が行き遅れるかどうか真剣に悩むアルフィリースは、ユーティのことはそっちのけである。


「え? 私、今それどころじゃないから」

「ぎえええええ!? まさかの死亡フラグ?」


 ユーティがもがくが、フェンナはこんなに力が強かったのかというくらいの握力でユーティを締め上げていた。そして折悪く、


「おーい、湯がわいたわよ~」

「何か採れたか?」

「ええ、良いダシが出そうなものが。あ、ネタかもしれませんね」

「ぎょえええええ。ダレカタスケテー」


 どこかで聞いたようなセリフをユーティが発したが、フェンナはお構いなくユーティを鷲掴みにしたまま宿泊場所に入って行ったのだった。



続く


次回投稿は2/6(日)12:00です。

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