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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その124~快楽の女王⑰~

***


「ジェイク、そっちへ――」


 高速で動き回る敵をウルティナが逃したが、声をかけるよりも早くジェイクが仕留めていた。ジェイクの動きのキレは凄まじく、館に入ってからの働きは神殿騎士団の上位の騎士でも驚くほどの冴えを見せていた。普段共に戦うことのないウルティナにもわかる。ジェイクの動きは、年齢と経験から得られる領域を完全に逸脱していた。

 ジェイクが足元でひくつく魔物に、とどめの一撃をさした。


「これで全部ですか?」

「とりあえずは」

「この魔物・・・蚊ですよね?」

「似ているが、ちょっと巨大すぎるな。こんなのに血を吸われると、血が全部なくなるぞ」


 騎士たちが口々に話す。館に入る前にも魔物の襲撃は散発的にあったが、館に入ってからは魔物が整然と群れを成して襲っていた。明らかに館に侵入した者を退けようとしている、統率された動き。魔物の形状は虫に近いが、どれも見たことのないものだった。魔王かとも考えられたが、少々違うようにも感じられる。

 神殿騎士はそれぞれが推論を話し合っていた。


「この魔物、なんでしょうか?」

「わからん。わからんが、かなり危険で獰猛なことだけはわかる。未知の毒を持っているかもしれんし、守備重視で進みたいな」

「八重の森にいた虫ともちょっと違うな。こんな種類の魔物は確認されていない。未知の場所から召喚されているのか?」

「あるいはこの城の中が直接未知の領域とつながっているか、だな。これだけの魔物を召喚するとなると、とてもではないが魔力がもたないだろう。後者と考える方が妥当だな」

「しかし八重の森の経験が生きている。あの時ほどの猛攻ではないし、虫のしぶとさも段違いに低い。こちらの戦力も乏しいが、慎重に進めば大丈夫ではないだろうか」

「油断は禁物だとしてもだ」

「ジェイク、どう見る?」


 神殿騎士の一人がジェイクに質問した。するとジェイクは澱みなく答えていた。


「おそらくは八重の森と同じ――この館を大きな巣に見立てると、領域ごとに魔物が守っているのでしょう。一つの領域を制圧すれば、当面は安全と思います。

 ただ、領域間を移動するような魔物がいなければ、の話ですが」

「では、小休止を取るべきだと思うか?」

「いえ、このまま進みましょう。敵地のど真ん中かもしれない場所でキャンプをする気にはなりません。明らかな損耗がないのなら、一気に進むべきかと」

「よかろう、私も同じ意見だ。ウルティナ殿は?」


 騎士が突然ウルティナに話を振ったが、それはウルティナよりもジェイクを信頼していることの、暗黙の威圧だった。別段任務の上で珍しいことではない。巡礼はミリアザール直下の部隊だけあって、その権威は神殿騎士団より往々にして強いことが多い。周辺騎士団は元より、状況次第では神殿騎士団も傘下に入れることができる。だが神殿騎士団は名目上でもアルネリアの最上位であり、誇り高い者が多い。それが裏の任務に就く巡礼に顎で使われるのが面白くないのは、ウルティナにも理解できる。たとえそんなことを言っている場合ではないにしても、だ。

 ウルティナは出来る限り表情を変えないようにして、淡々と告げた。


「異論はもちろんありません、先に進みましょう。遅巧よりも拙速。今は進軍速度が重要かと。安全を優先して守備の陣形を維持しつつ、次の場所へと進みます」

「了解した」


 さすがに神殿騎士団ともなると下手な命令以外には素直に従うが、周辺騎士団ではそうもいかないことがあった。命令に従わない兵がいたせいで、余計な犠牲を出したことも一度や二度ではない。そのたびウルティナの心労は溜まった。今ではよほどのことがない限り、他の者を配下につける任務にはつかない。自分の力も周囲を巻き込みやすいし、同程度の技量がなければいない方がましなのだ。

 なので、今回の依頼では最終的にマルドゥークと二人で片を付けるつもりだった。ところが肝心のマルドゥークはどこかへ行ってしまい、自分はジェイクと神殿騎士を押し付けられる始末であった。ブランディオと任務を共にすると面倒ごとを押し付けられるのが常とはいえ、マルドゥークとまでとは。こういう巡り合わせの星に生まれたのかとウルティナは自分の不幸を呪っていた。

 そしてそうこうするうちに、一際広い場所へと出た。装飾は華美だが、掛けてある絵画はどれもおどろおどろしい。女が男を宙吊りにして楽しんでいる絵。焼けた鉄印を太ももに押し付けられて喜ぶ男。頭に対して妙に小さい花瓶に入れられて死んだような目をしている少年。年端もいかない少女が組んで作った椅子に偉そうに腰かけ、その上で情事に耽る中年の太った男。拷問か、あるいは見るに堪えない情交の絵がその辺中に飾ってあったのだ。

 いや、飾ってあっただけではない。そこかしこには、事実拷問道具が並んでいた。尖った椅子があり、傍には錘が置いてある。踊り場には、明らかに下から火をつける設備がある。人が入れるくらいの小さな箱には、内側に返しのついた針が無数に詰まっている。何に使うか想像しただけで吐き気をもよおす道具の市場のようだった。

 騎士たちが緊張のせいだけではなく無言になる頃、「それ」は現れた。



続く

次回投稿は7/16(土)17:00です。

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