快楽の街、その120~霧の中の遭遇③~
「こんな夜中になんだべか・・・良い子は寝る時間だっぺ」
「バカなこと言ってねぇで、リディルはどうなった? 何か連絡は受けているか?」
「それこそ馬鹿なことだべ。あんたが知らねぇものを、おらが知るはずがねぇべ」
「ターラムに攻め入ったオーク共は?」
「知らねぇけども、どうだべな、ポチ?」
「ウウウ・・・ワンッ」
ポチの吠え方でドグラとダグラは察したらしい。
「ほほぅ、人間どももやるべなぁ。街に入ったオーク共は誘導、分散されてほとんど撃滅。それどころか分隊が出撃して、おらたちの陣に突っ込んでいるべ。まあまあの被害が出てるみたいだべな」
「おいおい、いいのかよ?」
「ん? オーク共が何人死んでもおらには関係ねぇべ」
「お前もオーク・・・いや、やめとくか。それよかリディルは?」
「霧の中で迷子だべな。なるほどなぁ、確かに包囲して動かない方がよかったかもなぁ。もしかしてこの展開を策士とやらは読んでいたのかなぁ。いやいや、ちょっと違う気もするべが」
「おい、お前。やる気あるのか?」
「いやー、まったくねぇべな」
ケルベロスの言葉に思わずグンツはこけそうになった。
「お前なぁ・・・」
「そもそも作戦立案が無茶苦茶だべ。こんなんで人間どもの都市が落とせるなら、もっと前からオークの群れで落としているっぺ。単発の襲撃でも村程度なら蹂躙できるけども、街以上の規模となるとそう簡単には無理だべ。それを知っているから、人間は城壁や市壁を作るようになったんだしなぁ。確かにこれほどの規模の群れとなったのはオークの世界でも珍しいけども、数千程度なら今までもあったんだなぁ。
だけど、それでも人間の街を落とすのは簡単ではながった。おらは人間舐めてないべよ? だから、この作戦の肝は別のところにあることくらいわかっているべ。肝心なのは、おらの逃げ時だけだべな」
「む・・・」
グンツは思わぬケルベロスの知恵に感心したが、ケルベロスは鋭くグンツを見据えた。
「ところでお前その足、どうするんだべか? 言っておくけど転移なんて上等な手段は準備してねぇし、おそらくは竜の巣を再度戻ることになるべ。ついてこれなかったら置いて行くべよ?」
「ああ、そのことか。帰ってからティランに相談しようと思ったんだが、ちょうど手ごろなのがいてな」
グンツはファンデーヌにもらった魔獣の方をぎろりと見た。魔獣はただ何を見るでもなく、空の彼方を見つめている。
「ちょいと好みじゃねぇが、この際四の五の言ってられねぇしな。あれで我慢するとするか」
「・・・それって、アノーマリーの協力なしにできるものだべか?」
「コツは覚えた。ちぎってくっつけりゃなんとかなんだろ」
「おらが言うのもなんだが、適当だなぁ」
ケルベロスが呆れる中、グンツは邪悪な笑みを浮かべながらファンデーヌが寄越した魔獣に突如として飛びかかった。
***
「む・・・ここはどこだ?」
リディルはバンドラスを追いかけ、そして霧の中に紛れた後、方向を見失っていた。バンドラスとしても、リディルと朝まで追いかけっこをしてもよかったのだが、霧の中が想像以上に混沌としていたのと、リビードゥの懐かしい気配を感じたため、リディルのことは霧の中に放置して去っていった。
そしてリディルもゼムスを見た怒りから覚めるのに随分な時間を要していた。それまでに多くの行く手を塞ぐ何かを切り伏せた気がするが、夢中過ぎて覚えていない。気がつけば、不気味な気配のする館の前にいる。
リディルは館に看板が出ているのを見ると、それを見つめる。随分と古くなっているが、なんとか読めないでもなかった。
「終わりなき快楽と・・・秘密の欲望館? こんなに大きな館を構えて、秘密も何もないものだな」
リディルがもっともなことを言ったが、その言葉に反応する者は誰もいなかった。そしてどうしたものかと館の前で悩んでいると、後ろからふいに声をかけられたのだ。
「リディル?」
「うん?」
声の主はフォスティナだった。親し気な口調だったが、リディルは相手のことが思い出せない。だが闘技場で見かけたのと、その敵意のなさから敵でないことはなんとなくわかっていたので、思わず調子を合わせてしまった。
「こんなところで会うとは、あなたもこれを追いかけて? それより今までどうしていたのです?」
「・・・詳しくは俺もよくわからん。ここにいるのは、偶然にだな」
「そうですか、ならば丁度よかった。積もる話は後にして、お急ぎでなければこれを潰すのを手伝ってほしいのですが」
フォスティナも細かなことを気にする性格ではないので、それが幸いしたのかどうなのか。リディルもそれ以上会話を広げることはしなかった。いや、勇者どうしの使命感が勝ったのか、この話の流れが幸か不幸かはわからない。
「何のために?」
「これが霧の発生原因と思われるからです。ターラムは今大変なことになっています。外からは魔物の群れ、中にも得体のしれない霧。まずはこの霧をどうにかしないと、外からの脅威には備えられないでしょう。
どうです、手伝ってもらえますか?」
その外の脅威を指揮しているのが自分だとはまさか言えず、リディルがしどろもどろしていると、フォスティナが強引にリディルの手を引いて館に入っていった。だがどこか懐かしい気がしなくもなく、リディルはそのままにしていた。
「以前にもこんなことが?」
「何を言っているんです? 田舎から出てきたあなたたちがギルドの入り口でまごついているから、私が手を引いて案内しましたよね? ほんの数年前のことですが、お忘れですか?」
「い、いや。そうだったような」
「相変わらずぼうっとしていますね。あれから数年で勇者となったあなたの才能には本当に感心していますが。才能は明らかに私よりも上ですね。しかし仲間はどうしたのです? あんなに仲がよさそうだったのに」
「それは――」
ゼムスの野郎に殺され、と言おうとしてリディルは一つの事実に気が付いた。俺の仲間はなんという名前だった? そもそもどんな関係が? 顔は? 何一つ思い出せない自分にリディルは気付き、その瞬間激しい眩暈と頭痛に襲われた。
続く
次回投稿は7/8(金)18:00です。