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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その117~快楽の女王⑯~

 グンツにしては冷静に剣を抜くと、フォスティナと対峙した。油断はできない、してはいけない。この相手は自分にとって分が悪いと、グンツの本能がそう告げていた。


「この圧力。まだ魔王と相対した方がマシってもんだな」

「失敬な。これでも女の身ですよ」

「そんなタマかよ。俺は人間性も、それこそ人間も半分やめて今の力だぞ? お前は何を捨てたってんだよ」

「今から思えば、父も、祖父も完全に時代錯誤の人間でしたね。剣でのし上がる時代でもないでしょうに、それ以外の方法を知らない。徐々に領地を奪われ、閑職に追いやられようとも、過去の栄光が忘れられない。剣でつなぎとめられるものは、とうになくなっていたのに。それでも私に剣に全てを捧げるように強要したのは、半ば錯乱していたのでしょう。

 ただ、強くなったことだけは感謝しています。この剣のおかげで、私は今行きたいところに行けますから。まだ戦いで不覚をとったことは一度もない」


 その言葉は戦士としてしごくまっとうで。そして人として、非常に歪だった。グンツはかすかに引っ掛かりを覚えて、思わずフォスティナに聞いていた。自分の違和感と、フォスティナの圧力の正体がわかる気がしたのだ。


「・・・よぉ、一つ聞いていいか? お前って女としては見れた方だとは思うが、男っ気はないんだよな? 男にうつつを抜かすようにも見えねぇし。恋人がいたことはあるか?」

「いえ、そのような暇は一度もありませんが?」

「匂いでわかんだけどよ、じゃあよお前は『乙女』を誰に捧げたんだ?」

「言いましたよ? 『全て』を剣に捧げたと」


 澱みなく言い放ったその言葉に、グンツは総毛立っていた。この女は『いかれ』だ。こんな奴とは関わってはいけない。自分やリビードゥのように欲望に狂うならまだわかりやすい。だがこのフォスティナは、わけのわからない妄執に狂ってる。こんな奴と関わると、ろくなことにならない。いかれた人間は破滅しかもたらさないことを、いかれた自分だからこそ知っている。

 グンツは不要意ともとれる突撃を行い、不細工な攻撃に虚を突かれたフォスティナが思わず剣で受け止め、力に任せたつばぜり合いでグンツがフォスティナを押し倒した。周囲にフォスティナの援護がいれば危ないのはグンツだが、それでもこの女を倒すにはこれしかないと感じたのだ。

 グンツはそのまま炎を吐いて、自分事フォスティナも業火に包もうと考えたが、その瞬間建物の天井が一部へこんだ。老朽化した屋根にグンツがフォスティナを叩きつけたせいだろうが、フォスティナは肘で屋根を突き崩し、階下へと二人は投げ出された。驚いたのはグンツだが、空中で慌てふためくグンツと、体を翻してグンツを蹴飛ばし、見事に着地したフォスティナ。次の行動で先手をフォスティナが取るのは自然な流れとなったが、グンツが咄嗟に構えた時、喉元に迫る殺気を感じて思わず首を守った。

 だが、熱い痛みが走ったのは、右足の方。フォスティナは殺気だけを喉元に飛ばし、実際の剣は足に向けていた。一刀の元に切り落とされた右足が宙に舞う瞬間、逆に冷静になったグンツは全力で火炎を吐くと、窓から飛び出して霧の中に逃げ込んでいた。

 身を翻して飛び出したフォスティナは、グンツの逃げた痕跡を探そうとして諦めた。この霧の中に突撃するのはいかにフォスティナといえ、得策ではない。


「見事な逃げっぷり。なるほど、部隊アテナが逃すだけはありますね。退却することにためらいがない。誇りがないと言うよりは、生き延びることに躊躇いがない。今仕留められなかったことを悔やむ日がこなければいいのですが」


 フォスティナは残念そうに首を振ると剣を収め、リビードゥの館に向かったのである。


***


「あの、女っ!」


 グンツは壁伝いにターラムを出るべく逃げていた。まっとうに剣で立ち会えばフォスティナの方が上なのはわかっていた。だからこそ命を顧みず博打に出て成功したのに、まさか天井が崩れかけることで結果が逆転するとは。なんとも惜しまれる結果ではないか。

 いや、そうではないとグンツは思い返す。やはり噂は間違いなかったのだ。あの強運こそが、フォスティナの真の力。まるで物語の主人公が死なないと定められたがごとく、周囲の状況が彼女に味方をする。濁流に巻き込まれても死なず、竹槍を仕掛けた落とし穴に落ちても槍が当たらず、彷徨っては珍しい史跡や植物を発見する。なるほど、戦いでも発揮されるのかとグンツが理解した時には、状況が変わっていた。命があっただけでも運が良かったのかもしれないが、足を奪われた怒りは収まらない。


「殺す・・・絶対に殺してやる。いや、殺すのではなく、あの女の運を剥ぎ取ってやる!」

「面白そうなことを話しているわね」


 怒りの収まらないグンツに、突如話しかける女の声。この霧の中でどうしてわかるのかとグンツが思った時、花と本能をくすぐる甘い香りがグンツの鼻をついていた。



続く

次回投稿は、7/2(土)18:00です。

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