快楽の街、その116~快楽の女王⑮~
グンツはそんなことを考えながら、リディルをどうしたものかと考えていた。ターラムにいるのは間違いないが、この霧では探しようもないかもしれない。まあ死ぬことはないだろうから、今度はケルベロスのところにでも行くかと考えたのである。
グンツは霧の中、建物の上に登っていた。霧は人間を惑わし洗脳するためのものであって、
その他の目的はない。館は隠すつもりは元来なく、むしろ大勢に訪れてほしいくらいなのだ。ジェイクが館までの道程を覚えておらずとも、霧が十分に広がれば正気の人間を集めて招待するつもりですらあった。
グンツはもっと建物の上に人がいるかと思っていたが、見渡す限り誰もいないことを知ると、ふんっと鼻で笑った。思ったよりも間抜けなターラムの住人たちを嘲笑ったのだ。
「まあこんなもんか。いきなりこんなものが広がって、対応しろって方が無理だわな。仮にも五位の悪霊の能力なわけだし、夜に不意打ちされりゃターラム程度の自警団じゃこうならぁな」
「五位の悪霊と言いましたか? 詳しく伺いたいのですが」
屋根にある屋根裏部屋の窓の影から、すっとフォスティナが姿を現した。グンツの鼻にも気配感知にもひっかからない、完璧な隠形。おそらくは最初からいたのだろうが、それにしても見事だった。グンツも完全に虚を突かれ、ぱちくりと瞬きをしていた。
「女勇者様じゃねぇの。何してんだ?」
「それはこちらの台詞です。こんな邪悪な気配のする館から出てくるなど、まっとうな人間ではなさそうですね? それにどこかで見た顔です。先の闘技場で――いや、手配書にもありましたか? 確か、槍に絡む蛇の団長、グンツとか言いましたか」
「おいおい、よく覚えてんな。そんな大した規模も実績もない傭兵団だったはずだが」
グンツは呆れていたが、既にフォスティナは剣を抜き放っていた。
「私の仕事の中心は遺跡保護と調査、それに護衛などの『護る』仕事が中心ですが、時に目に余る犯罪を行う連中を取り締まることもあります。槍に絡む蛇は傭兵団でありながら自身も手配される者が多く、小競り合いが絶えなかったため、私自身にまで出番は回りませんでしたが、悪行に関しては把握していました。機会があれば私の手で捕まえようと思っていたのです。傭兵業界の恥さらしであり、女の敵でもありますから。
それにしてもフリーデリンデの部隊アテナに追いかけられて、壊滅したと聞いていましたが。カラツェル騎兵隊の隊長を殺害したりと、妙な立ち回りですね・・・それとも、もう人間ではない?」
「ほんっと、良い勘しているよな。噂通りだ」
グンツはぺっと唾を吐き捨てた。グンツも当然フォスティナのことは知っている。どこぞの下級貴族で武家の出自である女。貴族出身の傭兵がいないわけではないが、珍しいことは確かだ。傭兵になったのが13だったらしいが、15歳では既に頭角を現し、単独で盗賊団を壊滅させるなど、驚異的な働きをしていた。16歳でB級となり、18歳でA級に。そして20歳で勇者認定を受けた。盗賊団、魔獣の群れ、幻獣に守られた神域の開拓、古代遺跡の保護、辺境での新種発見など、業績は数えればきりがない。一度動けば何か新しい業績を上げると評判だった。
最近では何か大きな仕事に携わっているとかで噂を聞かなくなっていたが、その能力が下がったわけではない。噂が本当なら、実力だけではなく勘の良さが一級品。フォスティナが歩けば業績が残ると言われるほどの、幸運を持つ女。
俺とは全く違う人生だなぁと、グンツは今すぐぶち殺してやりたい衝動に駆られたが、ぐっとそこは押さえていた。『噂』が本当なら、フォスティナとやり合うのは得策ではないと考えたからだ。だが、どうにも見逃してくれる雰囲気でもないらしい。
続く
次回投稿は、6/30(木)18:00です。