快楽の街、その112~快楽の女王⑪~
「ダートよぅ」
「なんですか。今ちょっと忙しいのですが」
アナーセスが忙しく腰を動かしながらダートに話しかける。自分の前にいるのは、どこの誰とも知れない男児。恰好からすればおそらく男娼なのだろうが、霧の中にいる住人よろしく、正気は失われていた。アナーセスの体動に合わせ、自ら動いているあたりいくら商売男でも正気ではなかろう。無理な行為に、血が飛び散ろうともおかまいなしに動くような男娼が正気とは思えない。アナーセスはそんな男娼を前に、どこか上の空でだった。
一方でダートは目の前にいる女の「解体」に忙しかった。いかに殺さず、削ぎ落すか。集中力を要求される繊細な作業であり、ダートは自身の記録に挑んでいた。今までは麻酔をかけて痛みを除去してからでないと挑戦できなかったが、麻酔のかかり方は千差万別であり、人によっては加減を少し間違えると二度と目覚めなかったり、途中で動き出してしまう者もいた。またあまりに麻酔が深いと、途中で死んでしまっても気付かないこともあり、麻酔が浅いと恐怖や苦痛で死んだりする。今回のように死の瞬間を判じることができる、痛みも恐怖も感じない狂った人間というのは、非常に希少な存在だった。何より、ダートの一つ一つの行為にきちんと反応してくれるのが素晴らしい。会話ができればもっと良いのだが、さすがに贅沢な悩みというべきだと諦めた。滅多に手に入らない素材が無制限にいることに、ダートは夢中になっていた。
一方でアナーセスはつまらなかった。確かに彼の欲望のはけ口となる連中は無数にいるが、どの相手も反応が一様でしかない。苦しんだり、罵ったり、狂ったり、あるいはこちらに服従したりと色々な反応がなければ面白みに欠ける。これでは自慰と何ら変わりないではないかと、アナーセスは深くため息をついていた。
そしてアナーセスが自分が遊んでいた男娼をぽいと放り捨てると、その場に寝転んで居眠りを始めた。いかに霧が深いとはいえ、ここは往来のど真ん中。アナーセスの格好はほぼ裸である。食うか、寝るか、戦うか、犯すか。それくらいしか行動理念がないアナーセスにとって、今は寝る一択でしかない。
「何かあったら起こしてくれ」
「嫌ですよ、面倒くさい。そんなところで寝ていて、馬車にでも轢かれたらどうするのです?」
「馬車の方が壊れるだろうな」
「迷惑な人ですね」
「お前に言われたくない。せめて路地裏でやったらどうだ」
「そんなこと言われてもねぇ。芸術を飾るなら、人目に触れるところがいいでしょう?」
「誰にも理解されない芸術なら、どこに飾っても同じだ」
「ふむ、確かに私にとってすらやや前衛的すぎますからね。世に理解されるのは、数百年先かもしれませんが」
ダートが勝手なことを言い作業に没頭したので、アナーセスはやがて盛大な鼾をかいて寝始めた。アナーセスの大いびきはまるで獣の咆哮の様だったが、そのせいか彼らの邪魔をする闖入者は誰もいなかった。狂っているからこそ、巨獣の睡眠を妨害する気にはならないのだろう。ダートが没頭すること半刻、突如としてアナーセスがむくりと起きた。こう見えてセンサー以上の感度で働くアナーセス。本能が発達しているからこそ、危機には敏感だった。
ダートも異常が起きたのかと手を止めた。丁度作品も完成したところだった。
「何か?」
「まっとうに歩いている人間がいる」
「まさか、神殿騎士団ですか?」
「いや、二人だ。しかも、この匂いは・・・女だ。一人はそれなりに年配か。男を知っている匂いだが、一人は生娘だな」
「ほう、年配の女性ですか」
ダートが興味ありげとばかりに返事をする。アナーセスは呆れていた。
「相変わらずの年増趣味だな」
「熟した果実とおっしゃい、この小児性愛者」
「そこまで落ちぶれていないぞ? 俺の相手をするなら、もう少し大人でないと無理だ」
「よく言いますよ。とか言いながら、だいたい壊して殺しているくせに」
「半々くらいだ。盛り上がると、ついな。必ず殺すお前とは違う」
「猛獣にじゃれつかれるようなものですものね。私は繊細ですから、ちゃんと生かしていますよ?」
「生きていても、人間としては機能しないだろうが」
アナーセスとダートは互いににらみ合った結果、大きくため息をついた。
「やめるぞ、不毛だ」
「それもそうですね。幸いにして好みも別れたようですし、きっちり分担するってことでよろしいですか?」
「ああ、そうしよう。ここから先、50歩ほどのところを歩いている。この霧の中を歩けるだけでも普通の人間ではないだろうし、何をしてもばれることもないだろうさ。互いに存分にできるだろう」
「まさか神殿騎士団は近くにいませんよね? さすがにアルネリアとことを構えると面倒ですから」
「心配するな、奴らの宿は霧の反対側だ。中心に原因があるなら、会うことはなかろう」
「なんだ、ちゃんと考えているんですね。それではおいしくいただくとしましょうか。霧が晴れませんように」
「何に祈る?」
「精霊も色々いるでしょうから、私のことを理解してくれる精霊にですよ」
「そんな精霊がいるのか」
ダートは不謹慎と知りながら祈り、アナーセスはそれを一蹴しながら、共に足を歩いている女二人に向けていた。
続く
次回投稿は6/22(水)19:00です。