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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その110~快楽の女王⑨~

***


「不気味な霧だな、おい」

「ああ、どうなっているんだかな。ターラムで霧が出るのなんざ、初めてじゃないのか?」

「怪しい香草を焚いた煙で前が見えないことはしょっちゅうあるがな。確かに、普通の霧じゃないのかもしれん」


 ヤトリ商会の支部では、外を眺める護衛達たちそんなことを口々に言い合っていた。ヤトリ商会の護衛たちはそれぞれが傭兵としての実績を出した者だが、特に今回集められた者はヤトリ商会の中で訓練、育成された者がほとんどだ。彼らは傭兵としてよりは、ヤトリの私兵としての活動が長く、全員が相当の腕前でありながら、傭兵としての階級はそれほど高くない。だがその能力をあますところなく評価されるとしたら、全員がほぼ間違いなくB級上位の評価となろう。

 彼らはまた個人としてよりも集団戦の方が得意であり、群れでの狩りを得意とする。ヤトリは冒険者としての活動を活かし、珍しい生物、鉱物、資源などを開拓し売りさばくことで財を成してきた商人である。その活動の延長線上で鍛えられた部下たちなので、集団戦が得意になるのは至極当然とも言えた。

 それでもまさかターラムに巣くう蟲を狩ることになるとはヤトリでさえ思っていなかったが、持ち帰った虫の死骸を調べていると、確かにこの大陸では見ない虫の特徴がいくつも見られていた。ヤトリは思わぬ収穫かもしれないと、宿に帰るなり持ち帰ることができた虫の特徴をつぶさに観察していた。

 ヤトリの商人としての鑑定眼は、生物にも及ぶ。ひとしきり虫を観察し終えると、椅子に全体重を預け、大きくため息をついた。ヤトリの恰幅の良い体格を支えた椅子が後ろに倒れそうになり、思わずヤトリはあたふたと体勢を立て直した。

 みかねた客が、助け船を出す。


「どうしたのかしら、ヤトリさん? 驚くような結果でも?」

「これは失礼した。お待たせしたかな? どうも一つのことに夢中になると、時が経つのを忘れてしまう性分でしてな」

「まだ半刻程度ですわ。問題ありません」

「半刻! そんなに美しいあなたを待たせてしまうのは男としては失格ですなぁ。こんなに気の利かない私だから、いまだにやもめぐらしなわけですが」


 ヤトリは大仰に驚いて見せたが、さほど悔いているようにも見えなかった。元々それほど異性に興味がありそうでもないし、その見てくれではお世辞にも女性に好かれるとは思えない。それでも財があれば、言いよる女は後を絶たないだろうし、事実部屋に侍らせている女は多数いた。

 ファンデーヌは内心で苛つきながらも、笑顔を崩さなかった。この手の相手には隙を見せると、それだけで安く買いたたかれる。ファンデーヌは金銭の過多には興味がなかったが、安くみられるのだけは御免であった。

 ファンデーヌはさっさと依頼分の報酬を得てこの場を退散したかったが、思わぬ足止めをくってしまった。こういう時には、あまりよくない流れを感じる。余計な手間を取ると、おおよそろくでもない目にあうのだ。正直、報酬も辞退して去るべきかとも考えていたが、既に時は遅かった。


「ヤトリ」

「おおう!?」


 ヤトリは突然背後から声をかけられて、びくりとその動きを止めた。傍にはお気に入りの美女を侍らせてはいるが、背後には窓しかないはずである。そしてここは三階。誰かから声をかけられるはずがない。

 だがヤトリがおそるおそる背後を振り返った先には、鳥が一匹止まっていた。窓は自分で開けたことを証明するように、後ろ足でその窓を閉めていた。どう考えでも尋常な鳥ではない。そして鳥には怒気と殺気が伴っていた。

 ヤトリからも、すうっと笑みが消えていた。


「随分とだいそれたことをしてくれたな? 大老はいたくご立腹だよ。おとなしくハンターとしての延長上で商売をしていればいいものを」

「何のことですかな、ウィスパー」

「私がここに来たことで、もう事情は察しただろう? エクスぺリオンに手を出したな? 私が知らないとでも思っているのか」

「ははぁ。一体何をご存知ですかな?」


 ヤトリの皮肉めいた口調に、明らかにウィスパーが殺気だった。


「ほざけ。あれは黒の魔術士から依頼されて、我々が流通を管理しているものよ。ゆえに黒の魔術士が自ら売りさばくことはかまわんが、あれの流通に横やりを入れられるわけにはいかんのだ。我々アルマスの信用問題である以上に、あれの管理が行き届かなくなる何が起こるかわからん。それはあの悪夢のような薬を作ったアノーマリーでさえ、危険視していた。貴様は人間の世界がどうなってもよいというのか?」

「いやぁ、そこまで事情を汲んでいただけているのなら話が早い。そうですよ、滅茶苦茶にしようと考えているのです。ただし、それは人間の世の中ではなく、現在の流通の方法論そのものですがね」

「何!?」


 ウィスパーの操る鳥が総毛立つ。だがヤトリは手を大きく広げて得意げに語っていた。


「私も商人として生きるからには、この経済という化け物を御してみたいのです。私も最初は大したことを考えてはいなかったんですよ? ですが、傭兵として様々な場所を冒険し、珍しい素材や食材、鉱石を持ち帰り、それらが社会に流通していくあの感覚を知るとやめらなくなっていった。財をどれだけなそうが、年老いようがその感覚だけは変わらなかった。

 結局、それだけが私の生き甲斐となった。だからアルマスが邪魔なんですよ。フェニクス商会とも真っ向からやり合うこともありますが、彼らは商人である誇りと自負をもって私たちに対抗してくるから、その勝負は非常に小気味よい。ですがあなたたちは、気に喰わない者を実力や陰から排除する。いけませんねぇ、それは商人の道義にもとります。そんな連中を私は同業者と認めたくありません」

「だからエクスぺリオンを強制的に日の下にさらし、その危険性を認識させ、排除しようと言うのか。または、自分で流通を取り仕切るつもりだな?」

「劇薬は用い方で良薬にもなります。この薬のことはじっくりと検証し、そのうえで有効な使い方を考えるとしましょう。それに怒っているのは大老ではなく、あなたでは? 大老なる人間が本当にいるのかどうか怪しいものだ。もうアルマスの首魁となる人間を、誰も10年近く見ていない」


 ヤトリの言葉に、鳥が笑った。鳥に笑う筋肉などついていないはずだが、確かにウィスパーが笑いをかみ殺しているのがわかるのだ。



続く

次回投稿は、6/18(土)19:00です。

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