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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
1272/2685

快楽の街、その107~快楽の女王⑥~

***


 ヴォルギウスは、霧の境目でじっと考え事をしていた。広がる霧を予測していたように、ヴォルギウスは手勢を率いて霧の拡張を押さえるべく動いていた。完全に押しとどめることは出来そうもないが、広がる速度を押さえることはできる。その後で神殿騎士団へと連絡するつもりでいたが、どうやら今回派遣されてきた騎士たちはヴォルギウスの想像以上に優秀であるらしい。今ここに姿を現したことを考えても。


「ヴォルギウス殿」

「・・・マルドゥーク殿と申したかな?」


 ヴォルギウスの背後に立つ騎士。マルドゥークは独り、ヴォルギウスの動向を追っていた。それがもっとも早く、この街の真実を掴むことになると考えたからだ。果たして、その勘は当たっていたかもしれないが、目の前の光景はマルドゥークにとっても予定外だった。


「この霧は一体?」

「悪霊のものだよ。この街にいることは知っていたが、随分と短時間で格が上がったようだ。おそらくはアルネリアに攻め込んだドゥームとやらの配下であろう。アルネリアではどのくらいドゥームを脅威と見ている?」

「黒の魔術士では最も下位の存在。油断はできないが、他の者に比してそれほど警戒すべきではないと考えているのではないか」

「それは違う」


 ヴォルギウスはきっぱりとマルドゥークの意見を否定した。


「私は全体を見ているわけではないから、黒の魔術士なるものがどのくらいの脅威かはしらん。だがこの悪霊は間違いなく以前から存在していたものだ。300年ほど前に実在した娼婦の悪霊。それ自体は珍しくもないため放置されていたが、徐々にその影響が強まっているのは知っていた。だが位でいえばせいぜい3位。年に数人の犠牲者を出す程度で、被害者も自業自得。そのくらいに目くじらを立てていては、このターラムではやっていけぬ。折を見て討伐――そう考えていたが、ある日ぱたりとその存在が消えた。私がこの街に着任して間もない頃の話だ」

「それが何か?」

「そなたは悪霊に詳しくないようだな。よいか、土地に発生した悪霊というものは固定概念そのものといってよい。それが征伐されたわけでもなく、姿を消す。そんなことはありえない。もしそうなれば悪霊としての存在意義そのものに関わるため、移動というものは死せる魂にとっては消滅と同義のこともあるのだ。

 だが聞けばドゥームは悪霊を自ら勧誘して配下に加えたばかりか、その格まで上げている。5位の悪霊が形成されるまでの何年かかると思っている? たかだか数十年で3位から5位は早すぎる。これはドゥームそのものに、悪霊を昇華させる力があると思ってもよいだろう。

 そして問題はこの悪霊ではない。ドゥームには残り何体の悪霊が配下にいる? その位は? この前討伐した悪霊は、5位と認定されたそうだな。その征伐にどのくらいの戦力を必要とした?」

「それは――」

「そういうことだ、若い巡礼よ。もうこのひなびた爺には関係のないことだがな。今回の仕事が最後になる、私はそれで引退するよ」


 ヴォルギウスは黙って煙草を取り出すと、火をつけていた。どこから取り出したか、酒瓶も片手に持ち、いつの間にか煽っている。


「不信心とはまさか言うまいな?」

「別に。不心得とは思いますが」

「ターラムの司教になってからずっと断っておったのだ、最後の戦いの前の一服くらいよかろう。長い戦いであったわ。カラミティが運営する娼館、悪霊の巣くう娼館、怪しげな薬の流通、勢力を伸ばす商会、足並みの揃わぬ長達の議会、盗賊団の横行。これで全て一掃できる。それらに警戒されぬよう、油断を誘い戦力を蓄え・・・次の責任者は楽になるじゃろうな」

「あなたの下にいる彼らはなんなのです? あの火傷のある男は」

「元はただの食い詰め者たちじゃよ。この街で救いを求め、私が救済した。アルネリアの教えを説き、正しい仕事を与え、必要に応じて武術の手ほどきもしたし、簡単な魔術を教えもした」

「魔術を? アルネリアの魔術は秘匿ですが」


 マルドゥークの問いただすような視線にも、ヴォルギウスは悪びれずに返す。


「アルネリアから寄越されてくる僧侶やシスターどもにもっと肝が据わっておれば、こんなことにはなっておらんわ。以前一人だけもちこたえた女がおったが、人格が端から壊れておった。力づくで追い出すことには成功したが、実力だけは確かじゃった。それでも最高教主が最後は追放したらしいがな。

 それに比べれば火傷の男――ガーランドは大したものだ。元はただの不良少年だったのが、今ではそこらの司教よりも実力がある。魔術の才能もあったし、何より戦闘力が高い。神殿騎士にも引けをとらぬだろう。また本を貪るように読んでおったし、見た目よりも遥かに知性。品性だけは身につかなんだが。

 今この霧を食い止めているのも、彼らだよ。基本となる魔術の陣は私が敷いたが、結界を維持しているのは彼らの力だ。この霧の中は『城』。相応の準備はしていたつもりだったが、想像以上に悪霊の力は強い。悪霊を倒さぬ限り、この霧がターラムを覆い尽くすのも時間の問題だ。策はあるのだろうな?」

「こちらにも切り札はあります。いざとなれば私がなんとかしますが、まずは街の被害状況が気になったものでね。それより気になることが。そのガーランドとかいう男――まさか過激派ではないでしょうね?」

「・・・そうだと言ったらどうする?」


 マルドゥークの緊張が高まり、二人の間の空気が張り詰める。



続く

次回投稿は、6/12(日)19:00です。

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