快楽の街、その106~快楽の女王⑤~
「あの霧に対して何か情報を持っているかしら?」
「タダで教えろっての?」
「がめつい女ね。今が危機的状況ということがわからないの?」
アルフィリースの言い方にリリアムが難色を示したが、アルフィリースとて慈善事業をするつもりはない。
「私はターラムに大した思い入れもないもの。アルネリアもまさかこんな状況で任務を達成しろとは言わないでしょう。私たちは自分が危なくなれば逃げる。なんたって、傭兵ですからね」
「ちっ、そうだったわね。なら何が欲しいの? 言っておくけど、自警団の長に払える報酬なんてたいしたものじゃないわよ」
アルフィリースはふむ、と考えると、ちょっと気恥ずかしそうに告げた。
「じゃあ・・・今日の戦いの時の挑発。あれを許してくれるかしら? 本心ではないの。戦いのアヤってやつでね・・・その」
「ああ、そんなこと」
リリアムがしょうもないことを言うなとでも言わんばかりに残念そうな顔をしたので、逆にアルフィリースが面喰った。
「そんなことって・・・その割には本気でキレてたよね?」
「そりゃああの話題に関しては、私は自制がきかないもの。あの話題に触れた人間は、例外なく膾切りにしてきたわ。でも頭ではわかっているのよ、所詮は挑発に過ぎないって。それでもどうしようもないのだから、しょうがないわね。
でもあなたの目論見は成功したんじゃない? 私は本気で戦ったし、それが望みだったんでしょう?」
「バレてたか。そう思ってくれるなら、私も気が楽だわ。じゃあ失礼ついでに聞いちゃうけど、私たちは認めてもらえたのかしら?」
「そうね・・・この戦いに協力してくれたら、そこで判断することにしようかしら?」
「ちょっと」
アルフィリースが困り顔になったので、リリアムはふっと笑った。
「冗談よ、ちょっと意地悪しただけ。そうね、強さに関しては認めるわ。確かにターラムの守り手たるだけの力はあるでしょう。
だけどその他のことに関しては、なんとも言えないわね。個々の強さはわかった。戦術や組織力に関しては、この戦いでわかるわ。もっとも、ターラムに求められることはそれだけではないけども」
「それはそうね。だけどそれはおいおい見せていこうと思っているわ。それに何も私たちは今の自警団にとって代わろうとしているわけではないの。まずは、この都市とかかわりを持つ機会が欲しいだけ。
そのためにも、この戦いでも私たちが活躍したら、リリアムから他の長に推挙してもらおうかしら?」
「そうね、そのくらいの約束ならできるわ。ただ、他の連中が何を考えているかはわからないわよ?」
「それはそのとおりね。でもそこから先は私の力量次第よ。よし、じゃあ現状を教えてもらえる? ターラムが滅んでしまっては力の発揮しどころもないですからね」
アルフィリースの言葉に従い、リリアムが四の門を指さす。
「あそこでカサンドラが四の門から入ってきた敵を押さえているわ。四の門の浮浪者は、報酬次第で何でもやる暴徒あるいは戦士へと変貌する。もっとも、私たちが動く前から彼らは何らかの行動を起こしていたようだし、四の門の周囲は正直私も把握していないことが多々あるの。あれだけ汚いのに疫病が流行らないし、死体がそこかしこに転がる割には、定期的に処理されているしね。バンドラス盗賊団が根城にしているとかなんとかという噂もあるし、今回匿名のタレコミもあったわ、敵があそこから攻めてくるから急行しろってね。私たちよりも早い情報網って、そうそうないはずなのだけど。
私たちが到着する頃には住人の避難も始まっていたし、あまりにも対応が上手く行き過ぎて妙な感覚だわ。ターラムを守るってことに関しては、自警団以外にも大きな力があるみたいなのよ」
「それは、ターラムの支配者だと?」
「その話は聞いたことがあるけど、その存在を実感したことは正直ないわ。まだそれほどの危機ということではないのか、本当にただの噂なのか。私の経験が浅いせいかもしれないわね。ただ以前の自警団の記録を見ていると、不思議な現象というものは、ターラムの危機に際して何度か起きている様だけど、もっともっと昔のことよ。
とりあえず、四の門に対しては押さえができているわ。現状でもなんとかなるでしょう。問題は、霧の方」
「なるほど。じゃあ霧に関してだけど、神殿騎士団が私たちに同行していたのは知っているかしら?」
「ええ、こちらでも掴んでいるわ。結構な数が入ってきたせいで、あなたたちに対する警戒も上がったのよ? 神殿騎士団の評判は魔物討伐に関しては芳しいけど、得体の知れなさに関しては正直不気味だわ。どの国にも出入りできて軍事行動を行え、その国の軍隊に対してさえ命令権を持つ騎士団。内心では歓迎されているとは言い難いわ」
「その点は私も同感なんだけどね、彼らは今回正式別の任務で来ているわ。このターラムで多発する刃傷沙汰の調査のために派遣されていたの。もっともそれは方便だったのかもしれないけど、少なくともアルネリアでは人外の何かが関わっているという可能性を見ていたのだと思うわ。彼らの行動に関しては私に命令する権限はないし、詳しい事情は知らないけどね。
ただあの霧に関しては、ほぼ間違いなく人外の魔物が関わっているのではないかと言っていた。今は彼らも調査に向かった段階よ。そちらは神殿騎士団に任せるしかないのではないかしら」
「なるほど・・・そういえば、こころなしか先ほどよりも霧の広まる速度が遅くなっているようだ。何か進展があったのかもしれないわね」
リリアムは生き物のように蠢く霧を見ながら注意深く観察した。風があるにもかかわらず、風に流されず動く霧。意志を持つとしか思えない動きをする霧が気になるところではあるが、確かにリリアムには霧をどうにかする手段はない。ターラムには怪しげな魔術士はたくさんいるが、そのほとんどはインチキにしかすぎず、力をもつ魔術士はほとんどいない。ターラムに設置された多数の魔術も、怪しげな連中がめいめい勝手に設置していると考えている。
リリアムとしては、自分の力でどうにかできることをする必要があった。
「ならば私たちのできることは、外敵への備えだけということね。どうやって防備を固めたものかしら」
「そのことだけど、守って勝つのは難しいのではないかしら? ターラムは広大だし、これだけの都市を完全に守備するには、一万の守備隊でも足りないところよ。それよりは敵の出足を止めて、その間に策を練るべきだわ」
「言いたいことはわかる。具体的にはどうしろと」
「相手はオークがほとんどだそうよ。しかも武器は粗末な物ばかりで、投擲系の武器はない。ならばやることは簡単だわ。馬を千ほど用意できるかしら? それに自警団の持つ情報網も借りたいわ」
「考えがあるようね?」
「もちろん。完全に勝つのは難しいけど、ひょっとすると援軍までは持ちこたえられるかも」
アルフィリースはにっと笑い、リリアムに策を伝えるのだった。
続く
次回投稿は、6/10(金)22:00です。