快楽の街、その105~快楽の女王④~
「私のお客様よ。私がもてなすわ」
「いいのかよぉ」
「その代り、もう一人の相手をお願い。多分、そっちの方が相性がいいわよ?」
「本当かぁ?」
グンツがちらりと部屋の影の方を見て、そちらに盛大な炎を吐きかける。すると炎の明るさで影が消えた中、水たまりのように影がするりと動いて人型が飛び出してきた。
「くっ」
「おお、こりゃあヒドゥンの旦那じゃねぇの? 俺たちに何か用かい?」
「・・・」
「だんまりかよぉ。まぁ男と喋っても面白くねぇがなぁ? ドゥームから使い魔があったぜ。どうせ俺たちの首でも手土産になるかどうかを考えていたんだろ。考えが甘くねぇか? どうやってもお前、おしまいだよ。そんなら引導を渡してやるのが人情ってもんだよ、なぁ?」
「貴様に人情などあるわけなかろうが」
ヒドゥンの言葉にグンツが笑った。
「そりゃあお互い様だ。お前は本当に人間じゃねぇしなぁ」
「望んで人間を辞めた貴様とは違う」
「行きつくところは同じだろうが!」
グンツとヒドゥンはいち早く戦いを開始したが、バンドラスとリビードゥはまだ睨み合っていた。
「こちらもそろそろ始めない?」
「いや、どうやってお前を『保存』してやろうかとかと考えていたのじゃよ。悪霊を手にかけるのは、さしもの儂も初めてでなぁ」
「――ああ、なるほど。私の妹分が失踪したことがあったけど、犯人はあなただったのね? とんだ坊やだわ」
「美しいものは永遠に。儂は美しいものは永遠に愛でたい性分でのぅ」
バンドラスが指をゴキゴキと鳴らしていた。同時にとんとんと軽く片足で飛び、体をほぐしていく。
「一つ聞きたい、娼婦よ。お前は悪霊となって、このターラムに復讐したいのか?」
「馬鹿言わないで、私が復讐なんて感情で動くように見えて? 私の望みは常に一つ。ただただ快楽を追及すること、それのみよ。私がやりたいのは、快楽の御裾分け。終わることのない快楽に、全ての人間をまみれさせて脳髄まで蕩かせてあげるのよ。それこそがこの街のもっともあるべき姿でしょうから。私はそのためだけに復活したの」
「そうは言っても、やりすぎればターラムの支配者が黙っておらんぞ?」
「私こそがターラムの支配者になるのだから、知ったことではないわ。それに長いことターラムに関わってきて、ターラムの支配者なんて見たことがない。本当に支配者がいるのなら私を救うか、真っ先に排除に来ると思わない?」
「いや、奴らはいるよ、確実にな。儂らのような者がいて、まだターラムが形を保っている。それが証拠じゃろうて。じゃが、おぬしを支配者に渡してしまうのは、ちと惜しい。できるなら、儂が永遠の愛でてやりたいのぅ」
「はん。もう貴方こそ生きてはいるけど、人間とは言い難いわね」
「蒐集と耽美こそが儂の生きる意味よ。ではいくぞ? 儂を狂い死にできるものならさせてみよ!」
バンドラスはリビードゥに向けて突進した。リビードゥはかつて、彼が唯一奪い損ねた財宝と言ってもよい。今その好機を目の前にして、しり込みするようでは盗賊失格であるとでも言わんばかりに、バンドラスは無謀な戦いに手を出したのだ。
***
「リリアム、いるかしら?」
「ここだ、アルフィリース」
アルフィリースはリリアムがターラムの壁上、見張り台にいると聞いてやってきた。ターラムは基本的に遊興の場であり、ターラムを攻め落とそうとなどという発想はどの国にもないはずだが、その見張り台はかなりしっかりとした造りであり、広さも高さも十分。いざとなれば四方を見渡しながら立て籠ることも可能であろう。
「随分としっかりした見張り台ね。これは貴女が?」
「補修はしましたけど、もう数百年前からあるそうよ。このターラムがまだ安全でもなんでもない頃からね。それより、この状況をどう考える?」
「敵の数は3-4万だそうよ。ターラムを包囲するように展開しているわ」
「さすが、もう状況を把握したのね。私も今確認したけど、既に四の門で交戦中よ。もしかすると一気に攻め立ててくるかと考えたけど、それはないみたい。他の門には攻め寄せてくる気配すらないわね。今なら守備隊は2000もいない。数に任せて攻め寄せられたら、あっという間にこの街は火の海だわ。なのに攻めてこないなんて、何が目的なのかしら。状況が全くわからない。どうしたものか、見当もつかないわ」
「私の団でも意見はある程度まとめてきたけど、正直読みにくいわ。とりあえず四方に早馬は飛ばした。だけど仮に途中で見回りをしている街道警備隊が動いたとしても、多くて千人程度。焼け石に水程度の戦力にしかならず、それなりの軍隊が動くとなれば、十日はかかるでしょうね。ターラムと同盟関係にある国があるとも限らないし、動くにはもっと時間がかかるかもしれない。
つまりはここにいる人間たちでどうにかするしかないということ」
「頭の痛い問題ね。そしてあの霧も」
リリアムはターラムに広がる霧に注目した。いつの間にかターラムの四分の一ほどを覆い尽くした霧。その中では狂人と化した住人たちが暴れているという。殺人に至るというよりは、無理矢理に異性に襲い掛かると言った類のようだが、其の力が尋常ではない。大人数名でもようやく引きはがすのが手一杯というくらいで、また襲い掛かられた方も同じように暴徒と化す。暴徒は霧からは大きく離れないのが救いだが、このまま霧が広がれば外敵に対するどころではなくなるだろう。
夜明けがくれば光明も指すかもしれないと考えるリリアムだが、それも単なる淡い期待に過ぎない。リリアムは魔術に関して詳しい知識を持たず、アルフィリースが訪ねてきたのは幸いだった。
続く
次回投稿は、6/8(水)20:00です。