嵐の後、その3~草原に集う者達~
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焼け野原と化した大草原に、地中から少年が姿を現した。彼は姿を現すと懐から種を取り出し、その辺中に巻き始めた。あらかた巻き終わると今度は地面に片手をついて、ぶつぶつと長い詠唱を呟いている。
「これでいいか」
ひとしきり終わりその場を後にしようとしたところで、近づく誰かに気付いた。急ぎ認識阻害の魔術を使い、姿を消して潜み様子を覗う。
少年が姿を消した後、少し離れた場所に3人の少女が姿を現す。どうやら大草原を歩いて横断したようであり、焼け野原と化した大草原の端近くまで来ると、そのうち1人が悲鳴を上げた。
「うっひょー! こりゃすげえな。ほんとに焼け野原だぜ、リアシェッド」
「やかましいですわよ、セローグレイス。全く品の無い・・・いつも優雅に振舞いなさいとお姉さまに言われているでしょう、ねえハムネット?」
「・・・どっちでも。それより、早く仕事する、帰る」
3人の少女は全員が優雅なドレスを身につけており、その生地・装飾・仕立てから相当の一級品だということが見て取れた。だが不思議なことにそれぞれがそのドレスに似つかわしくない物を背中にしょっている。それを調理器具といえばいいのか。だが大きさが普通の調理器具と全く合わない。
セローグレイスと呼ばれた少女は緑を基調としたデザインのロングドレスに、なぜか背中には大きなすり鉢。しかも鋼鉄製なのですり鉢というよりは、金棒と言った方がいいのかもしれない。見た目は3人の中で一番お嬢様風であり長い緑髪をツインテールにしているのだが、口調は汚く、事あるごとにその辺に唾を吐いている。その度にリアシェッドが顔をしかめるのも無理はなく、なんとも品も素行も悪い。
そのリアシェッドは腰に2本の長い包丁を差している。包丁の刃渡りはおよそ50cmにも及び、さしずめ包丁二刀流というところだろうか。リアシェッドは青髪のおかっぱ頭であり、青を基調としたドレスであるが、裾は短く膝上であり胸元も大きく空いている。口調や丁寧な言葉づかいとは裏腹に、露出度は高めだ。
最後のハムネットは赤いロングドレスなのだが、大部分がニット使用になっておりほとんどが透けていた。当然下着まで見えてしまうわけだが、凹凸にかける体格のせいで扇情的には全く見えない。そして背中にはおおきなフライパンと、体中には至るところにベルトを巻きつけナイフのように包丁が仕込んであり、料理人というよりは殺し屋と言った方が適切だった。髪は個性的な天然の巻き毛であり、セットのやりようがないのか寝ぐせの様にも見える。眠たそうな目をしているから余計だろう。そして鳥の巣と勘違いしているのか、その頭には鳥が一羽止まって、囀っている。
野生の獣が跋扈するこの大草原において、一見狂人にも近いような3人の個性的な少女は、めいめい勝手にやかましく騒ぎ立てる。
「全くよぉ、お姉さまが『炎獣を食べてみたい』なんて言うから、狩りに来たらこれだよ。何があったんだ?」
「これは魔法でしょうね。察するに炎獣がやったのだと考えるのが妥当・・・しかし、炎獣がこれほどのことをしないといけなかった相手という方が、私には気になりますわ」
「確かに、僕も興味、ある」
「へぇ~、ハムネットが興味を示すなんて珍しいな。しかしどうするよ。炎獣を食べれないなんて知ったら、お姉さまはカンカンだぞ?」
「仕方ないんじゃありませんのこと? まあ炎獣は死んだと考えるのが妥当でしょうけど、もういないものはどうしようもないでしょう。それより前回はお姉さまの気まぐれで、海に住むかどうかもわからない伝説上のクラーケンを狩ってこいと言われて、狩るまでに何年かかったと思いますの?」
「確か23、年」
「それでお姉さまの一言目が『まずい』だもんな・・・全くやってられないっての」
「仕方ありませんわ、お姉さまは屋敷から動けませんもの。だからこそ私達がこうやって世界中に赴いているのではなくて? 私達はまあ監視付きとはいえ、自由にやれていると思いますわ」
「うん、でも、ギガノトサウルス程度、じゃ、歯ごたえない」
ハムネットの意見に他の2人も同意する。
「だよな~ちょっとこの棒でこづいたら死ぬんだもんよ。全く歯ごたえなかったぜ」
「地面が変形するほど殴るのは『ちょっと』とは言いませんわ」
「こまけぇことはいいんだよ。ああ、暴れたりねー」
「でも、もう期限、近い。帰らない、と怒られ、る」
「ですわね。とりあえず先ほど見かけたクックドゥーの群れ200体ほどを全滅させて持ち帰る、というのはどうでしょうか?」
「いいね、焼き鳥か。だけどお姉さまがなんて言うか」
「どうせお姉さまは悪喰ですわ、腹が膨れればいいんですのよ。100体も食べれば満足して再びお眠りになるでしょう」
「じゃあ、早く、行こう。ここ、は、あまりよくない」
「何かあるのか、ハムネット?」
セローグレイスが尋ねる。
「いっぱい、色んな奴らが、きてる。監視もそうだし、他にも、視線、いっぱい感じる」
「あら、いいじゃありませんの。殿方に見つめられるなんてゾクゾクしますわ」
「馬鹿言ってんじゃねぇよリアシェッド。俺らの姿を見られたらまずいだろうが。一応屋敷から出られないことになってんだからよ」
「まあセローグレイスは肝が小さいこと。そんなことは建前だと、少し頭が回る連中ならわかってますわよ。それでも私達のことは黙認するしかない。でしょう?」
「はっ、普段は従順なふりしてこれかよ、この淫売が。俺の口調を指摘する前に、その娼婦以下の服装を何とかしろってんだ」
「・・・なんですって?」
リアシェッドがずらりと包丁を抜き放つ。
「取り消しなさい、セローグレイス。今なら土下座して私の靴を舐めれば、許して差し上げますわ」
「やなこった。てめえに謝るくらいなら、ギガノトサウルスのケツに頭突っ込んだ方がマシだね!」
「・・・よくぞ言いました。では死になさい!」
「やってみな!」
リアシェッドとセローグレイスが俄かに殺気立ち、2人の武器が交差すると思われたその瞬間――2人の喉元に包丁を突き付けるハムネットが間に立つ。
「僕達同士、の、争いは、不毛。やめて」
「ちっ!」
「・・・仕方ありませんわね」
おとなしく武器を治める3人。そしてそれぞれがお互いを見やり、ため息をつく。
「で、クックドゥーを狩るんだっけ?」
「ええ、そうですわね」
「なら、あっち」
ハムネットが指さす方向にくるりと向きを変える3人。そして3人はまたしてもめいめい勝手に愚痴を言いながらその場を去って行った。
***
その光景を、姿を消した少年は比較的間近で見ていたのだが、遠方から見ていた人物達もいた。
「今のが『スピアーズの4姉妹』ですか?」
「ああ、そうだろうね。私も見るのは初めてだが」
「へぇ・・・私達とどちらが強いでしょうか?」
「はっはぁ! 俺達より強いのがいるかよ!?」
「またまたすぐそういうことを言う。まあ僕達より強いのなんてそういないとは思いますが、あの4姉妹は別格ですよ。戦わないにこしたことはない。ですよね、ゼムス様?」
だがゼムスと呼ばれた若者はにこりとするだけで、何も言わなかった。
「まあ討伐命令が下れば狩るのみ、ですわね」
「今回のファランクスもそうだな」
「そうですね。せっかく意気込んできたのに戦えなかったのは残念ですが。どこかで適当な部族でも憂さ晴らしに滅ぼしますか?」
「何年か前に、大草原に来た時みてぇにか?」
「ええ。ここなら派手に暴れても誰も見てませんからね。どうでしょう、ゼムス様?」
「そうだね・・・」
ゼムスは少し考え込んだようだが、やがてゆっくりと頷いた。
「ひゃっほう! ゼムスのお許しがでたぜ~」
「ふふ、楽しみですわね」
「思う存分やりましょうね、皆さん?」
「勘違いをしないでほしいのだが・・・」
ゼムスがゆっくりと語る。彼の口調はあくまで静かに、穏やかに。だがとびきり残酷に。
「ただ殺すのでは面白くない・・・男は動けなくして、女は男どもの目の前で壊してやれ。子どもは生かしてやろう」
「子どもに情けをかけるとは慈悲深いじゃねぇか。普段なら皆殺しなのによ」
「いえいえ、その方が残酷ですよ。だってこんな大草原に子どもが放置されてどのくらい生き残れると思います?」
「・・・それもそうか。糞餓鬼どもが大草原の獣を前に、おたおたするのを見るのは面白ぇな」
「今回は期日が長いですものね。まだ2週間ほどは余裕がありますわ」
「じゃあ長いこと楽しめるな!」
「しかしゼムス様もお好きですね~。さっきアイアンヘッジの群れを全滅させたばかりなのに、まだ血が見足りないのですか?」
魔術士風の若者が呆れたようにゼムスを見る。だがゼムスはやはりにこやかにほほ笑み、
「ああ、私も鬱積しているのだよ。こういうところで発散しておかないと、都市に帰った時にぼろが出るだろう?」
「まあ世界が期待する『勇者様』だもんな、お前は」
ガハハと品の無い戦士風の男が笑う。だが今度はゼムスは薄く微笑んだだけで何も言わず、その場を立ち去ろうとする。それを見て仲間たちもゼムスに続く。と、仲間の僧侶風の女が振り向き、1人戻る。
続く
次回投稿は2/3(木)20:00です。