快楽の街、その104~快楽の女王③~
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「だーかーらー、よぅ。ドゥームと合流できる場所を教えてくれって言ってんだよ」
「そんなこと言われてもねぇ。私だって知らないものは知らないのよ」
グンツはリディルの襲撃に乗じ、そのまま一人リビードゥの居城に乗り込んでいた。ターラムの四の門は正直厄介だった。長らくターラムに入り浸ったことのあるグンツでさえ、あのような仕掛けは知らないことだった。
最初はターラムを案内してやる、くらいの意気込みだったが、まるで違う顔を見せたターラムを見て、グンツはさっさと案内役を諦めた。四の門にあんな仕掛けがあるとは聞いていないし、目を血走らせてオークに襲い掛かる浮浪者や子どもたちを見ると、それはそれで面白いものの、渦中にいるのはまっぴらだった。そしてリディルならまさか死なないだろうと勝手にたかをくくり、自分はさっさとリビードゥのところにしけこむことにしたのだった。既にドゥームにリディルの監視を命じられたことは、忘れつつあった。
それにしても、どうしてオークは建物の上に上がって抜け出さないのかと、グンツは不思議でならなかった。所詮豚の脳味噌かとため息をつき、やはりドゥームのところに押しかけた方が面白いのかなどと考えていた。ともあれ、まずはリビードゥの元に行かなければ、どうしようもない。グンツは霧の中に躊躇なく突っ込むと、適当に洗脳されている町人たちを血祭りにあげながら、淫靡な匂いが濃い方へと向かい、見事にリビードゥの元へとたどり着いたのである。
グンツを見たリビードゥは呆れたような表情を見せながらも、グンツの来訪を歓迎した。
「それにしても、ここにまっすぐ来れるなんてね。やっぱりあなた、獣じみているわ」
「楽しむことに関しては誰よりも嗅覚が働くがね、炎獣なんたらの腕をくっつけてからは、余計にその感覚が強くなったな。まあいい女が股を開いて俺を待っていると考えれば、ロックハイヤーのクレバスの中にでも、ブローム火山の溶岩の海でもご機嫌で突っ込むってもんさ。
それより、お前もなんていうか――」
グンツはリビードゥの変わり果てた姿を見た。前は悪霊らしく邪気を振りまき、艶やかながらも一目で悪霊とわかるだけの、死人のように血の気のない容貌であったのに。それが今はどうだ。まるでターラム一の人気演劇女優であるかのように、輝くような容姿に変身していた。
悪霊らしくはない。むしろ、人間にしか見えなくなった。しかし、どこか歪なほどの輝きを放つリビードゥを見て、一つ段階が進んだのだと、誰に言われるでなくグンツは理解した。
「美人になったな。気色悪ぃ」
「褒め言葉よね? やっと私は私を取り戻しつつある。ターラムで一番の美姫と言われた、あの頃のように。 さて、男女がいつまでも話し合っているのも無粋だわ。そろそろ・・・ね?」
「あー、どうすっかなー」
グンツはやる気が削げていた。いや、文句なしにリビードゥは美しい。たとえ拒絶されたとしても、娼館の衛兵を全員ぶち殺してでも抱きたいくらいには。だが、グンツにとって女は征服の対象である。犯しこそすれ、犯されるのはまっぴらごめんだった。そして、この場所では非常にまずいと、グンツの本能が告げていた。本能のままに任せて貪れば、いつぞやのようにはいくまいと。
そしてもう一つ、気になることがあった。ここにいる、自分以外の人間。それも、二人。
「おい、出てきたらどうだ? 俺は見せつけるような趣味はねぇんだ。覗き見野郎はぶち殺すぞ?」
「あら、気付いていたのね」
「あたりまえだ。獣並みって、言ったろ?」
「アッチの方もかしら?」
リビードゥが淫靡に笑い、柱の一つを指さした。その目がぎろりと、黒く光る。
《霧の弾丸》
密度を上げた霧が射出され柱を壊すと、その後ろから人影がすうっと浮き出た。妙なのは、柱よりも人影の方が分厚いのに、どうやって隠れていたのかということであったが、ここまで来る者が普通の人間ではないことくらい、二人とも理解している。
影はやがて少年の形となると、ニタニタと憎たらしい笑いを浮かべていた。
「なんじゃ、一発やらんのか? 楽しみに見ておったのに」
「衆人監視でやる趣味はねぇよ」
「あら、ないの? 私は平気ですけどね、でもその笑い、その姿、その物言い。どこかで見たことあるかしら・・・あら?」
リビードゥはふっとその表情を思い出した。その姿には確かに覚えがあったからだ。
「思い出したわ・・・バンドラス。確か、バンドラスとかいう少年」
「ヒョヒョ、覚えてくれていたようで何よりじゃわい。儂も思い出したよ、かつてターラム一の美姫と言われたにも関わらず、最後は火あぶりとなった娼婦。名前は、誰も知らんかった。あったのは通り名だけ。『蜜月』じゃったかの? 東方の大陸風の通り名がつけられていた」
「それはそうよ、私に名前なんてなかったもの。ターラムでどこの誰とも知らない親から生まれ、溝に捨てられていたのだから。生まれた時から娼婦としてしか生き方を知らないわ。育ての親もロクな人間ではなかったし、あまり質の良い娼館でもなかったしね。物心ついてまもなくしたころから男女の行為のイロハを毎晩仕込まれて、10歳になるかならないかの時には廓に出ていたのですもの。当時に水揚げの年齢を規定する法はなかったわ。
しかし妙ねぇ。あなたを見たのは300年近くも前の気がするわ。私は見てのとおり人間を辞めたけど、あなたこそ人間なのかしら?」
「さて、どうかのぅ? 儂も誰とも知れぬ親から生まれたからなぁ。親が人間でなかったのかもしれんし、何がどうなっているのかは儂も知らんよ。肝心なのは、お主を再度殺す機会を得られたということじゃ」
バンドラスの目がぎらつく。リビードゥは一瞬驚いたような顔になった後、嬉しそうに微笑んだ。
「あぁ、そっちなんだ。あなたって。てっきり私とヤリたいのだとばかり」
「生憎となあ、あまりそちらの欲望はないのよ」
「そりゃあそうよね。あなたって私の娼館に忍び込もうとして、罰として大切なナニをちょん切られちゃったもんねぇ」
「おえっ、そりゃあ痛ぇ」
グンツが股間を押さえておどけたが、バンドラスはニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべたままだった。バンドラスという人物の人間性が、徐々にはがれていく。グンツが面白そうだと体を起こそしかけ、リビードゥがそれを制した。
続く
次回投稿は、6/6(月)20:00です。