快楽の街、その102~復讐の勇者④~
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「見張りはいないというのか?」
「へえ、いませんぜ」
「その辺に寝っ転がっている人間も、全部死体でさぁ」
「妙だな、ターラムに押し寄せていることはわかっているだろうに」
配下として選んだオークの返事を聞きながら、リディルは妙な気分になっていた。怒りに任せてターラムに押し寄せたものの、あまりに抵抗がないことで逆に慎重になっていた。いかに夜とはいえ、これだけの軍勢が街の近くに来ればばれないわけがない。だがターラムからは迎撃部隊も抵抗もなく、リディルたちは四の門の間近にまで迫っていた。四の門周辺にたむろしている浮浪者たちまでいなくなったことを考えれば、間違いなく襲撃はばれているはずなのだが。
リディルはオークを斥候に出したが、襲撃に対する備えはまるでされていないとの報告だった。オークの斥候がどの程度あてになるのかもわからないが、リディルが訝しんでいると、ターラムの中から一人の男があらわれた。
その男の顔を見ると、リディルの顔つきがみるみる鬼の形相となり、オーク共が思わず道を開けていた。
「ゼ、ゼ、ゼムスぅううううう!」
静まったターラムを起こさんばかりの咆哮と共に、リディルが駆け始めた。その様子を見ると、ゼムスはひらりと身を翻してターラムの路地を利用して逃げていく。そしてリディルが突撃を始めると、オークたちは我さきとばかりに四の門からなだれ込み始めた。
だが四の門の路地は非常に入り組んで細く、オークたちは自然に分断されていった。そして一列になり、ある道は行きどまりとなり、ある道は交差してぶつかり、オークたちはあっという間に混乱の様相を呈していた。
「と、止まれ止まれ! 行きどまりだぁ!」
「馬鹿! いきなり止まるんでねぇ!」
「押すな押すな、前に道は――」
突前前の壁が押し開かれる。そして坂道となったその先には、酸の大きな溜りが準備されている。四の門周辺で死んだ人間を放り込む場、火葬場の代わりだ。火葬される金すらない浮浪者は、ここに放り込まれることもある。
誰が作ったのかは、住人たちも知らない。
「ぎゃあああ!」
「溶ける、溶けるぅ!」
「押すな押すなぁあぁあああ!」
暗闇でどれだけ叫んでも、状況は後方には理解されない。オークたちは後ろから後ろから押し寄せてくる味方に押されて、次々と酸の溜りに沈んでいった。またある場所ではオークたちは頭から油をかけられ火あぶりにされ、ある場所では暗がりで同士討ちとなっていく。これが四の門の恐ろしさの一つ。迷路のように入り組んだ街区は、いくらでも道を作ったり閉じたりできる。昼間はどこでも通れるように作られているが、ここで育ったバンドラスは、どこをどう閉じればより効率的に罠となるのか知っていた。
抜ける道はほとんど用意されていはいない。オークたちは、ここでバンドラスと、雇われた四の門の住人たちに好き放題に狩られていった。
そしてリディルはほとんど一人の状況で、目の前にいるゼムスの姿を追っていた。その姿は近づいては遠ざかり、まるで陽炎でも追いかけているかのように距離は縮まらなかった。もしリディルが冷静だったなら、何かがおかしいことに気付いたかもしれない。だが、残念ながらリディルにそのような理性は残っていなかった。そしてついにゼムスの姿が見えなくなったところで、丁度リディルは大通りに出たのである。
「む? どこに行った!?」
「お、親分。速すぎですぜ・・・」
後ろからついてきたのは100体にも満たないオーク。むしろついてきただけでも大したものだが、オークたちは全員が息を切らしてその場にへばり込んでいた。だからなのか。ここターラムは眠らない街であるはずなのに、大通りにすら一っ子一人いないことに、誰も違和感を抱けなかった。
だから、闇を切って飛んでくる矢にも、ほとんどの者が反応できない。リディルが咄嗟に矢を数本叩き落とした時には、オーク達は10体以上が死んでいた。
「タレコミ通りだな。精度が良すぎて不気味だが、やるしかないだろう。テメェら! 準備はいいか! 豚共を一体もここから先に行かせるんじゃねぇ!」
カサンドラの号令一下、自警団が一斉に投擲武器を投げ始めた。頭上から降り注ぐ攻撃に、盾を持たないオーク達はなすすべなく死んでいった。建物内に逃げ込もうとするが、戸は固く閉ざされ、オークの膂力をもってしても簡単に壊すことは不可能だった。窃盗対策に、各店舗の扉は厳重に補強されている。オークたちがそんなことを知るはずもない。
リディルは独り頭上からの攻撃を捌きながら、視線でゼムスの行方を追っていた。その様子を陰から見つめるのはバンドラス。いや、ゼムスに変装したバンドラスであった。
続く
次回投稿は、6/2(木)20:00です。