快楽の街、その101~復讐の勇者③~
「隊長、危ない!」
「え?」
何が危ないのかもわからないし、そもそも天馬を止めて維持飛行させている状態だ。何かがあってもすぐには動けない。そして目の前に飛んできた拳大の石。一直線に凄まじい勢いで飛んできた石は、当たれば間違いなく頭を砕くだけの勢いを持っていた。
その石がターシャの目の前で方向を変えていた。目の前を通過したのは、部下のベルタ。驚いたことに、ベルタは維持飛行の状態から天馬の羽ばたきを強制的に止め、落下する要領で動いたのである。ターシャよりも高い位置にいたとはいえ、たいした騎乗能力であった。
ベルタは天馬を立て直すと、ふわりとターシャの傍に戻ってきた。
「ターシャ隊長、引き上げませんか?」
「え?」
「鉄の槍が変形しています。次は受け止めきれません」
ベルタの槍は確かに曲がっていた。ただの石のように見えたのだが、恐ろしい威力である。あれが頭に当たっていたら――そんな想像にターシャは身震いした。
「そ、そうね。引き揚げましょう。偵察で死んでは意味がないわ」
「しかしあの大将らしき魔王、とんでもないですね」
「どんな奴だったの?」
「左右にオーク、中心に君に悪い頭がついた三つ首の化け物です。明らかにこっちに気付いて石を投げてきた。視力も膂力もとんでもないやつです」
「しかしこんなに早く撤退したら、敵の狙いがわかりませんね~。どうしたものでしょうかぁ?」
「いえ、ターラムを包囲しようとしているのと、それに一団が分裂してこっちに向かってきているのはわかったわ。それだけわかれば偵察の意味もあった。それより早くターラムに知らせないと、敵が来てしまうわね」
ターシャの言葉に、いつの間に確認したのかとそれぞれが顔を見合わせた。イェーガーへの遠征は、フリーデリンデ団内では正直あまり歓迎されていない。団内での実績はそのまま家族の食い扶持へと影響されるため、それぞれに必死である。
だが団内での規律が守れない者、功を焦るばかりに単独行動が目立つ者、問題行動を起こした者などはどこにでもいる。そういった連中がイェーガーに派遣されていると認識されているが、実際にはそうでもない。その中でも将来性を期待されている者を選抜して、イェーガーに送り込んでいるのである。もちろんそれなりの実力者がそろっているのだが、彼女たちをもってしてもターシャはかなりの実力であることを知らないのは、本人だけである。
ターシャとしては自分にできることをしただけだが、それがいかに難しいことなのか。ターシャの評価は彼女の知らないところで上がっているのだった。
***
「ふむ? 妙な雰囲気じゃのぅ」
バンドラスは自分の隠れ家の一つの屋根から街の様子を伺っていた。久しぶりに帰ってきた故郷が、妙な雰囲気に変わったことにはすぐ気づいた。もともと享楽に耽るこの街では様々な悪意も欲望も蠢くが、その中に異質なものが二つ混じっていた。
一つは黒の魔術士の手のものだとわかった。だいぶ前から潜入していたのは気付いていたが、街を滅ぼすつもりではないとわかったので放置していた。機会を得たので滅ぼすことにしたが、その程度のものだった。
だが、今ターラムを覆わんとしている悪意は、ほぼ間違いなくターラムそのものを滅ぼしかねない悪意だった。
「少し前から感じておったが、虫共が全滅したのがきっかけか。邪魔者がいなくなったから遠慮がなくなったというところか。余計なことをしてしもうたかもしれんが、さて、どうしたものか。これには人ならざる悪意を感じるのぅ。儂の出番はないかもしれんが、何もせんのもどうか。外にも敵がおるようだが、お前たち、情報は集めてきたか?」
バンドラスの言葉に、町中に散っていたスリたちがまとめた情報を差し出した。バンドラス盗賊団は活動場所や目的に応じて実働部隊を変えているが、このターラムでは主に少年少女のスリたちを率いている。自分の故郷では、命のやり取りとは無縁でいたいからだ。
バンドラスは差し出された情報に一通り目を通すと、一つ頷いた。
「なるほど。おおよそ儂の考えた通りの原因じゃな。エクスぺリオンなる薬でおかしくなっている者は多かったが、それだけではなかったということか。
しかし肝心の敵の位置が・・・記憶にあるような気がするのぅ。あそこははて、何があったのか、とんと思い出せん。それよりお前達、街の外から来る者を見張っておけ。隠しようもない殺気が際立っておる。襲撃が近くあると、四の門の連中に伝えておけ。出番が来たぞ、稼がせてやるとな。自警団にも情報を提供してやるといいだろう。ターラムを好き勝手されるのは、奴らとて望むところではあるまい」
それきりすっと盗賊団の気配消え、夜のターラムに散っていった。バンドラスもまた、自分のすべきことを考えると、ターラムの町中に出て行った。
続く
次回投稿は、5/31(火)20:00です。