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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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快楽の街、その98~快楽の女王②~

「開けるな!」

「え?」


 だが既に遅かった。開けた扉の向こう、霧の中からぬっと手が伸びてくる。腕を掴まれた騎士はちいさく「ひっ」と悲鳴を上げたが、扉の間を縫うように滑りこんできたのは、ウルティナであった。


「閉めなさい!」

「はっ!」


 ウルティナの喝と共に騎士はすぐに戸を閉めたが、直後その戸にぶつかる者がいた。曇りガラスにへばりつくようにして顔を寄せているのは、人間の男らしかった。曇りガラス越しにでもわかるその顔は、完全に理性を失った男のそれだった。見れば、服もほとんど身にまとっておらず、へらへらとしながら奇声を上げつつ、どこか他のところに走っていった。秋も深まるこの季節にも関わらず、である。


「なんだ、あれ・・・」

「わからないわ。だけど霧が出始めてから、明らかに正気を失った者が出てきたのよ。私もここまでたどり着くのが精一杯。マルドゥークは?」

「まだ帰っておられません」

「ち・・・どうしたものかしらね」


 ウルティナがしばし悩んだ後、状況を把握し始めた。霧の効果は彼らがつかえる光の防護魔術で打ち消せるものの、霧は深く視界は5歩もきかない。現在宿にいる神殿騎士団は全体の7割にも満たない。状況もわからないこの状態では、何をどうするべきかもわからない。どこかに使者を立てるにも、アルネリアの支部は街の反対といってもよいぐらい遠く、歩けば半刻もかからないはずのイェーガーの宿も、この霧ではたどり着けるかどうかも怪しかった。

 外に残された神殿騎士の安否も気がかりだが、彼らなら動かなければなんとか身を守るくらいはできるだろうと考えた。ウルティナ単騎なら情報収集のために外に跳び出ただろう。だが仲間の存在がウルティナを慎重にさせる。ウルティナが小隊長に守備を固めるように指示を飛ばすと、ジェイクがそれを遮った。


「だめだ、ウルティナさん。守ったらやられる」

「・・・? なぜそう言い切れるのです? 状況がわからない今、守りを固めてマルドゥークの帰還を待つのが得策と思いますが。私でもなんとかなるものを、マルドゥークがなんとかできないわけはないですからね。何か行動を起こすにしても、マルドゥークがいた方がいいでしょう」

「それじゃあだめだ、もしかすると間に合わないかもしれない。それにマルドゥーク隊長が戻らないかもしれない」

「ふむ」


 普通なら神殿騎士団の見習いの意見など無視するウルティナだが、ジェイクの勘だけは聞くべきだと伝えられている。どちらが正解とも言えない状況で、今がその時かとウルティナは考えた。もし伝え聞く通りの能力がジェイクにあるのなら、素直に従った方がよいのかもしれない。

 ウルティナはジェイクを促した。ジェイクはしばし目を閉じて集中するようにして、考えをまとめてから話し始めた。


「・・・やっぱり勘の範囲は出ないんだけど、この霧に凄まじい悪意を感じる。実は昨日もこの悪意を感じたんだ。同じものだけど、もっと強い。我慢して、我慢して、我慢して――ついに限界を超えた感じの悪意だ。何がきっかけだったのかはわからない。ひょっとしたら、虫を退治したことがきっかけになったのかも。

 だけどこの霧は結界と同じだ。こちらのことをじっと見ている。閉じこもればいずれやられるし、状況はどんどん悪くなるかもしれない」

「まさか。これが結界だとしたら、それこそ限界があるでしょう。こんな速度で広がる結界はありえないし、そもそもターラムの街は広い。街そのものを覆うのには無理がある。最悪市外に脱出すればなんとかなるはずですが」

「それでとどまらなかったら? それに、市外にも脅威があったら?」

「なんですって?」


 ウルティナはそこまで最悪の状況を考えていたわけではない。結界がこのまま拡張すれば市の一画をほとんど覆うことはあるかもしれないが、などと考えたくらいだ。まさかターラム全体を覆うほどの結界だとは考えもしない。

 そしてターラムの市外は安全であることが前提だった。ローマンズランドが侵攻してきているとはいえ、前線はまだはるか北にあるはずだからだ。ターラムの周囲には魔物や魔獣はまず出ない。周辺諸国やターラムの自警団が丁寧に掃討しており、アルネリアに依頼さえ出たことがない。ターラムの市外に脅威があるなど、考えられるはずもなかった。少なくとも、今までは。

 ジェイクは戸惑いながらも続けた。


「この霧の原因はすぐに排除しないと、手が付けられなくなる気がする。それに、街の外の嫌な感じもどんどん強くなっている。おそらくは朝まで待てないよ。すぐにでも動かないと」

「リサもジェイクの意見に賛成です。ターラムの中そのものではセンサーは街に張り巡らされた魔術のせいでさほど役にも立ちませんが、中から外を調べる分には有用でして。街を動きながら時々外の様子も探っていたのですが、確かに外をうろうろする一団を何回か確認しています。最初は街道警備隊などとも思いましたが、夜間にはおかしいですよね? ですがジェイクが危機を感じていて、それが敵となれば――杞憂ならばよいのです。ですが、これが本当に敵だとすると、相当まずいことになるのでは。

 リサたちに決定権はありません。どうするかは神殿騎士団次第ですが、イェーガーは独自に動かさせていただきます」

「・・・いいでしょう。私の責任において、神殿騎士団を動かします。残っている者の三割はここで待機。残りは出撃します」

「いや、20人もいらないよ。相手の場所はわかっている」


 ジェイクは先日の出来事をウルティナに伝えた。嫌な感じを覚えた場所が、おそらくは敵の居所であろうと伝えたのだ。

 ウルティナは判断に困った。


「ですが、それほどまずいのならばそれこそもっと準備が必要なのではないですか?」

「単騎なら危険だと思っただけです。仲間がいればそれほどは」

「ですが、この霧で正確な場所がわかりますか?」

「歩数でわかります。宿に引き返すまでに数えましたから」

「なるほど、よいでしょう。では15名ほど精鋭を連れていきます」

「リサはここで待機します。イェーガーと連絡を取りながら、何かできることがないかどうか探ってみます。外の脅威に対しても斥候を出したいのですが、楓をお借りしてもよろしいですか?」

「構いません。元々そちらに貸し出すように伝えられた人材です、存分に使ってください。この霧となれば、神殿騎士団も付けた方がよいでしょうね?」

「では神殿騎士も何名かお借りしましょう。楓、やることはわかっていますね?」

「はい、現状を伝えてアルフィリースの指示を仰ぎます。私は連絡役ですね?」

「さすがです」


 リサが満足そうに頷くと、鍛えられた神殿騎士団は即座に動き出した。リサが手元にあるお茶を一杯冷ましながら飲む頃には、出撃準備は整っていた。

 リサはジェイクに歩み寄ると、出撃前の祈りとまじないをした。


「今回の相手――前に感じたことがあります」

「ああ、悪霊の類だと思う。あの時と同じだ」

「今度の相手――勘ですが、前回よりも直接的な相手かもしれませんが、能力は強大かもしれません。注意してください」

「わかってる。でも俺も成長しているんだ。やるだけやってみるさ」


 ジェイクは頼もしく返事をすると、精鋭と霧の中に出撃していった。



続く

次回投稿は、5/25(水)21:00です。


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