快楽の街、その97~快楽の女王①~
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「今度こそ――どうだ!」
「はい、ジェイクの勝ちですね」
「ぐわああああ! 絶対にイカサマだ、ドチクショウ!」
「ばれないサマはイカサマに入りません。続けますか?」
今は神殿騎士団の自由時間内。四方に偵察に出した団員が徐々に戻ってきた頃に情報のまとめを行う予定だったが、予想外に帰還が遅かった。彼らの本来の目的はアルフィリースの補佐だが、どうにも一筋縄ではいかない可能性を考えたマルドゥークは、カラミティの一件以降ターラムの調査を本格的に行うことにしたのだった。
その結果、実に多彩なことがわかってきた。まずはカラミティが長らくこの街に住み着いていたであろうこと、そしてそれらは全てゼムスの仲間たちによって潰されたであろうことだった。ひょっとするとヴォルギウスはこのことを知っていたのかもしれないが、やはり消息はつかめない。何がどうなっているのかマルドゥークは突き止めたかったが、変わらずヴォルギウスの行方は知れなかった。
だがマルドゥークにはもう一つ気になることがあった。カラミティがどうやら随分と前からこの街に巣くっていたとして、急激にターラムで犯罪が起きているのはどういうことなのか。リリアムがこの街の自警団を統率するようになってから、明らかに犯罪は減っている。だが再び、ここ一年程度で急激に増えているのだ。それらを起こしたのは、おおよそが娼館に関わる者たちなのは突き止めた。だが彼らは評判の悪いごろつきから、娼館に出入りする配達業者まで、一見関係の薄い者までもが加害者、あるいは犠牲者となっている。
マルドゥークはカラミティとは別の者が関わっている可能性を考えたが、まだ確たる証拠はない。ヴォルギウスの協力が得られない以上深入りをどこまでするかも手探りであるし、先ほどなどはターラムの議会から勧告を受けた。許可なくアルネリアがターラムの街をうろうろされると営業妨害になるから、控えろとのことだった。もっともな言い分であり、神殿騎士団は町人に扮して諜報活動をつづけることになったが、厳めしい顔つきの騎士や、あるいは知的なシスター、僧侶たちはどう考えてもこの街では浮いた存在で、それだけで彼らの行動は怪しまれてしまう。
特に、諜報活動などの訓練を受けていない神殿騎士では、思うように活動がはかどるはずもなく。あまり不用意に出歩かないようにとのことから、早々に帰ってきた団員が自由に時間を潰しているところであった。マルドゥーク本人やウルティナは、まだ帰ってきていない。その間の統率は神殿騎士のクェイドなる騎士が務めていたが、彼は非常に温厚な性格で、団員たちはマルドゥークの厳しすぎるくらいの統率から解放されたように、思い思いに自由時間を過ごしていた。クェイドでもさすがにここまでおおっぴらにはできないかと考えた団員たちだが、何をしても糸目でニコニコとしているクェイドを見て、徐々にタガが外れたように振る舞う団員たち。
なお、その様子を見たジェイクとリサが、花札の亜種遊戯で先輩騎士から色々なものを巻き上げている最中であった。もちろん、発案はリサだが、あまりに勝ちすぎるため徐々に恐ろしくなってきたジェイク。
「ちきしょう、こうなったら来月の給金も――」
「馬鹿、よせ! マジで尻の毛まで抜かれちまうぞ!?」
「抜きませんよ、汚らしい。むしろ金を積まれても抜きませんね。それより現時点で来月分の給金も飛んでいます。賭けるなら再来月分の給金ですが?」
「な、なんで」
「さっきの時、あなたワレメだったでしょう? 倍の負け額です、ルールをお忘れですか?」
「な、な、な・・・なんて恐ろしい・・・」
泡を吹いて先輩騎士が倒れた。本日3人目の犠牲者である。そろそろ十分な金がたまってきたので、暇つぶしに身ぐるみを剥ぐのはやめにしようかとリサが考えはじめていた。ジェイクも勝ちすぎたせいか、明らかに青ざめていた。こういう度胸はまだ据わっていないかと、リサがため息をついた。
ちなみに、イカサマをしているのはリサではなく、はるか後ろにいる楓である。楓がそこら辺を雑用で行ったり来たりするふりをしながら遠目に手札を読み取り、目配せで相手の手札を知らせているのだ。実に単純なイカサマだが、意外に気付かれない。本当に神殿騎士たちは真面目で、人が良くて、良いカモだとリサは考えていた。まだ自分だからよいが、ここにエアリアルがいたら全員破産だろうなどとつまらないことを考えていた。まだリサはイカサマをしている分手加減ができるが、天然で強くて容赦のないエアリアルでは、相手を破産させるまで止まらないからだ。こんなつまらないことでアルネリアとの良好な関係を崩したくはなかった。
時刻も夕方になり、リサはそろそろ潮時かと考えて賭場を閉めた。マルドゥークかウルティナに見つかれば、さすがに懲罰ものだろう。巻き上げた金でリサが上等な肉を宿の店主に頼むと、隣にジェイクと楓が座ってきた。
「上手く行きましたね」
「まあ、しばらくは贅沢な晩御飯にありつけそうですね。アルフィリースからのお給金は十分あるのですが、節約のせいで最近良質の肉とは無縁でしたから」
「節約? なんで」
「内緒です」
ジェイクと過ごすための家の貯金とはまだ言えない。土地と家の見当はついていたが、さすがに成人前の年齢では契約時に後見人と保証人が必要であるし、後一年待って成人となってから、様々な契約を行った方が選択の幅は広がりそうだった。
また家を買うとなれば、イェーガーの宿舎は出なければならない。そうなるとアルフィリースのことが心配ではあったが、まだ彼女には何も言っていない。いつ切り出そうかと考えていたが、とにもかくにも、ジェイク本人にいつ話を切りだすかの方が問題であった。
能天気に肉を食べるジェイクを見ると時に憎らしくなるが、ややこしいことを考えるのは自分でよいかとリサは小さくため息をついていた。
「ジェイク、口にご飯が」
「ん? とれた?」
「取れていませんよ。どれ」
リサがジェイクの頬についたご飯をとって自分の口に運んだので、楓がジト目で不平を訴えた。
「これは見せつけなのですか? 彼氏ができない私への」
「は?」
「勝手に作ったらいいでしょう。別にモテないわけではないでしょうに」
「任務でそこらじゅうを飛び回っていたら、殿方と逢引する暇なんてありませんよ」
「別に逢引なんてしなくても、得意の流し目で適当な男を連れ込めばいいでしょうに」
「ぐ・・・そ、そんなはしたないことはしません!」
楓が顔を赤らめたのを見て、リサは意地悪く問いかける。
「ははぁ・・・さては、色目は使えても、その先の技術がない?」
「だ、誰が!」
「そうか、まだ楓も成人前ですものね。まだまだ青いというわけですか。胸の大きさも我々は同士ですものね」
「人のことを言えた義理ですか!」
「あなた、じゃあキスの経験はありますか?」
「せ、接吻などあるわけないでしょう! そっちだって――」
「ふっ――」
リサの余裕の笑みを見て、楓が青ざめる。
「ま、まさか――」
「リサたちは大人の階段を既に登っているのですよ。Bですよ、B。Aなんて余裕です」
「B、Bですって――?」
「何の話だよ」
ジェイクが興味なさげに肉にありついていたが、ふとその手が止まった。そして椅子から立ち、窓のある方に歩いて行く。その様子に、リサと楓だけでなく、何人かの騎士も反応した。ジェイクの様子が変わる時、何かが起こっているのを目にした団員もいるからだ。
ジェイクはカーテンを開けると、窓の外をのぞき込んだ。窓硝子はそこまで質がよくないためそもそも曇っているのだが、それにしても外が見えづらい。
「ねえ。この辺って大きな川はあったかな、リサ?」
「いや、用水路は多分に引かれていますが、大きな川からは離れていますね。なぜですか?」
「外、霧が出ている。川もないのに、おかしくないか?」
「ふむ?」
楓が確認をすると、確かに外は濃霧であった。これは何があったのか確かめようと神殿騎士の一人が扉を開けようとした時、ジェイクが叫んだ。
続く
次回投稿は、5/23(月)21:00です。