快楽の街、その96~押し寄せる悪意④~
「どういうことだ?」
「ローマンズランドで、他国全てを侵略して滅ぼす――なんてどうかな?」
「なに? そんなことができるわけ――いや、そうか。まさか、そのためのターラム侵攻か」
「さすがゼムス、わかったようだね。だから君の仲間になっているんだよ、私はね。そう竜の巣の侵攻路を把握できれば、これから先常識を無視した用兵が中央の国々に対して仕掛けられる。今回はそのための一手でもある。
オーランゼブルには、『諸国の危機を煽るため』って説明してある。ターラムが急襲されたとなれば、諸国は慌てて一致団結を図るだろう。それがオーランゼブルのお望みだろうからね」
「なるほど。では俺のやるべきことは、まずターラムに来たオークの撃退を行うことか。だが、できるのか?」
「そっちにリディルとかいうのがいない? 確かゼムスは彼に恨まれているでしょ? 今頃オークの軍隊に合流して、精鋭を選んでいるところだよ。早ければ明け方にでも攻めてくるさ。仮眠をとって、準備をしておくことだね。ギルドを使ってもいいし、数刻だけ防げばそれで戦いは終わる。何ならゼムスは実際に戦わなくてもいい。要は、戦おうとしたという事実だけが重要だから」
「どういうことだ?」
「ターラムにはとびきりの悪霊がいる。もう街には兆候が出ているはずだよ、外に出てごらん。放っておいても、彼女がリディルを食い止めるさ。こちらは旨いところだけもらえばいい。
それにオークの長には、ターラムを円状に包囲するように命令している。同時に、周辺の国にはターラムを監視するように指示を飛ばした。さて、この作戦が何を意味するか。数万の軍隊でも円状に包囲すれば――」
「防衛網は薄れ、突破は容易になる」
「ご名答。あとは言うまでもないね? 段取りはわかったでしょう?」
策士の言葉に、ゼムスはやや面白くなさそうにため息をついた。
「またお前の手のひらの上か。勝ちのわかった戦いは興ざめだと知っているか? そもそもそれだけの情報をどうやって収集している?」
「興ざめなのはゼムスが戦いが好きだからさ。私は勝つのが好きでね。だけど、ゼムスだって勝てない戦いは面白くないでしょう? 良い勝負をして、勝つ。それがあなたの好みのはず。情報の収集、伝達は戦略を練る上で極意にもなるよ。その本当の意味をわかっているのは、賢人会にもほとんどいなかった。運用方法まで具体的に考えていたのは、コーウェンくらいかなぁ」
「誰だ、そのコーウェンというのは」
「私とまあ遊び相手にはなるかなっていう女子だよ。確かイェーガーとかいう傭兵団に入ったのかな?」
「何!?」
思わぬ名前をまた聞いて、ゼムスは奇妙な縁を感じずにはいられなかった。どうやら、これから深く関わっていく運命なのかもしれないと。
「くく・・・そうか、そういう運命か」
「気色悪い笑いだね。それ、絶対に悪い笑いだよね?」
「ふん、お前の知ったことではない。用事が済んだら行くがいい」
「じゃあリディルのことはよろしくね。あ、彼は予定外の生まれだから、特に頭数には数えていなかったみたい。いちおう使える人材ではあるけど、不安定だからオーランゼブルはいずれ始末するつもりみたいだった。もし邪魔になるようなら、始末してもいいんじゃないかな」
「簡単に言ってくれる」
「的確な戦略と戦術を覆せる個人はそうそういないよ。この大陸じゃあ私の知る限りゼムス、ヴァルサス、ドライアン、ウィスパーくらいじゃない? リディルがいかに強大な魔王となっても、それだけじゃあ脅威にはならないよ。じゃあまた来月、白い月が満ちる時に」
「よかろう」
そして使い魔であった猫は霧散して消えた。ゼムスはその姿を見届けると、背後にエネーマが控えていたことを確認した。彼女は小さく頷くと、音もなく部屋から遠ざかっていった。どうやら自分がやるべきことを理解しているのだろう。ゼムスはまだ夜半であることを確認して、全てをエネーマに任せて仮眠をとることにした。ダートとアナーセスは見当たらないが、またターラムを徘徊しているはずだ。それなりに強い連中ではあるが、あまりに自分たちにとって邪魔となるようなら切って捨てる必要があるとゼムスは考えていた。
そして空気を入れ替えるために窓を開けると、なるほど、策士の言う通りターラムの空気が甘ったるく変化していることに気付いた。何が起こっているかを瞬時に察し、これはまだ楽しめそうだとゼムスはほくそ笑むと、脳裏にアルフィリースの姿がちらついた。あれが新しい遊び相手になるかもしれないと考えると、久しぶりにゼムスは他人に期待をしながら、眠りに落ちていった。
続く
次回投稿は、5/21(土)21:00です。