快楽の街、その95~押し寄せる悪意③~
「まずはローマンズランドの宣戦布告は私の策だ。ちょいと展開は早いが、こっちにものっぴきならない理由がある。
ローマンズランド内にはオークの軍団が百万単位で余っていてね。これは魔王研究用の素材らしいけど、魔王研究が止まってしまった今となっては、彼らはただ飯を消費するだけの存在でしかない。彼らをこの冬食わせておくだけの食料がローマンズランド国内になくってね。オークの間引きと効果的な運用が今回の目的さ」
「なるほど。諸国への侵攻への先方がオークではないかという話があったが、本当だったか」
「そういうこと。幸いにして知恵のある魔王が何体かいてね。彼らにオークを預けて侵攻させている」
「よくあの意固地な国がそんなことを許可したな?」
「そりゃあ王様の命令とあればやらざるをえないさ」
策士の言葉に、ひっかかりを覚えたゼムス。
「王が許可をしたのか? ふむ、中々面白い仕掛けがありそうだな?」
「もちろんさ。でなきゃ私がこの仕事に乗るわけがない」
「お前の雇い主は、今回誰だ?」
「オーランゼブルさ」
いきなり飛び出た名前にさすがにゼムスも少し驚いたが、なるほどと納得するところでもある。この策士は王といえど、つまらない人間の命令を聞く人物ではない。そうかと思えば寒村の子どもの依頼をただで受けることもある。全ては自分の興味がひかれるかどうか。ゼムスにも「面白い」という理由だけで付き従っている。ゼムスが人間として屑だからこそ、それを馬鹿な愚民どもに崇めさせるのが心底面白いのだそうだ。自分以上の性格破綻者がいたものだと、ゼムスは驚いた覚えがある。
策士は続けた。
「オーランゼブルの描いた図は最高だ。私は人間だからね、彼のように時間をかけた計画を練ることは不可能だ。だから今回は彼の尻馬に乗っかって、色を添えるだけの役割だけど、それでも面白いと思えるね」
「オーランゼブルの狙いとは?」
「予想はつくけど、最終的には知らないね。だが今回は調律のとれた戦争ってとこかな。多数の犠牲者をお望みだよ、オーランゼブルは。だから乗ったのさ」
「なるほど、ぶち壊しがいがあるな」
ゼムスの言葉に、策士が使い魔の向こうでニヤつくのがわかる。
「調律のとれた戦争ともなれば、当然アルマスも一枚噛んでいる。今回の戦端に関してはご要望通りの戦いにするつもりさ。まずは彼らに信頼してもらわないといけないからねぇ。ただその中で、ターラムへの侵攻は私なりの味付けなのさ」
「その意味は?」
「魔物相手の戦略、戦術は廃れて久しい。今ではそれを知っているのは、アルネリア教会やグルーザルドなどの獣人たちだけだろう。直近では人間同士の戦争ばかりで、本格的な魔物の軍隊を相手にした経験は乏しくなっている。あとは人間にも――うん、『賢人会』の何人かにはそういった発想をできる奴はいるけど、彼らの意見を運用できるような度量のある人間なんて、そうそういはしないさ。どいつもこいつも、一般世間の倫理観からは外れているのばかりだからね。
だから今後の戦争を考えると、ここで一つ意識づけておく必要がある。元来魔物ってのは基準が人間と違うんだから、人間とは全く別の戦略や戦術を用意する必要があるのだとね。ターラム侵攻はその一つだ」
「・・・よく意味がわからんな」
「ふふ、つまりね。ローマンズランドは無茶苦茶をやる国だと印象付けるのさ。そうなれば、戦争は徹底的に行われるだろう。ひょっとするとローマンズランドが完全に滅ぶまで行われるかもしれない。
人間の歴史で、どちらかの国が完全に滅ぶまで行われたことは一度もない。王家が滅んでも、生き残った姫様を側室にしたりする。その方が後々の住民平定に役立つからね。その国を治めたいなら、その国の女に自分たちの血を残すのは常套手段だ。だが今回はひょっとすると、歴史上初めての出来事が観察できるかもしれなくてワクワクしているんだよ」
「見たいのは虐殺か?」
「違うよ、終わることのない戦争さ。それでこそ私の力は発揮される」
表情の変わらぬ使い魔から底知れぬ悪意を感じる。なるほど、オーランゼブルが声をかけるだけはあるとゼムスは考えた。
「建設的な世界なんて吐き気がするね。そういう計画も練ることができるけど、時間がかかるし、私の寿命は有限なんだよ。なら手っ取り早く結末まで見れる物語がいい。それだけなんだよ。人間の発展は終わりがないけど、滅ぶなら10年もあればなんとかなるだろう。
ローマンズランドが仮に崩壊になるまで戦争が行われるとすれば、以後人間の世界に平和条約なんてものは締結されなくなるだろう。彼らは常に隣人に怯え、身を守ると言いながら手にした武器で隣人を突き殺すのさ。倫理観の崩壊だね、中々楽しそうじゃないか?」
「そう上手く行くか? ローマンズランドを絶対悪として倒すことで、逆に残りの国家は団結するのではないか?」
「いや、そうはならない。オーランゼブルの策は素晴らしい。ローマンズランドには絶対に勝てない悪役を押し付け、それを諸国の連合で叩こうとしているのさ。だけど、その連合もまた必ず崩壊する。そうなるための罠が、もう既に仕掛けられている。
彼は人間をよく知っている。素晴らしいところも、脆いところも。彼は人間を愛しているからこそ、人間をどうすれば皆殺しにできるかもよく知っているんだろう。
いちおう戦争の形はローマンズランドが戦争を仕掛けて、負ける方向で仕立てられている。それは多くの戦略家がわかっているところだろう。だが、それじゃあ面白くないよねぇ?」
ゼムスは策士の意図を測りかねた。ローマンズランドが大陸を制圧できるのなら、とっくにそうしているはずだからだ。だができない。地理的理由で、経済的理由で。そもそも一つの国で何十もの国を相手に戦争ができるはずがない。
続く
次回投稿は、5/19(木)21:00です。